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 配属が変わった。



 とは言え同じ隊舎の中で部屋を二つ隣に移動するだけなのだけど。

 新しい配属先は、護廷隊のさまざまな手続きや案件やその他諸々の事務処理を総括してる、一番隊らしい部署。
 入隊当初は第一希望にしていた部署だったこともあって、異動のことを話したら、彼は何だか慌てたように言った。

「マジかよ、じゃお祝いしねぇと」



 けれど実際のところ結構複雑、だったりする。

 良かったなって笑う彼が、きっと今までより遠くなるから。






 異動になると聞いて、一瞬動揺した俺にあいつは気付いただろうか。



 どういう部署かは知ってるから、ああもうほとんど会えなくなるなとか思ってしまったのもあるが、一番の原因はあいつ。

 同期で入隊したとき、いつかはあそこに行きたい、と話してたのって、そこ──じゃなかったっけか。いや絶対そうだ。
 それなのにあんまり嬉しそうにしてないから、心配になった。



 何か、あったのか?



 聞きたくて、でも聞けない。

 俺が副隊長になって女をとっかえひっかえ──自分ではそんなつもりはなかったが、あいつはそう捉えてたんだと思う──しだした頃から、あいつは微妙に、俺と距離を置こうとするようになった。

 俺の女癖をたしなめる必要のない立ち位置まで遠ざかって。



 そんなあいつに、俺から踏み込んでいく勇気は、ない。



 ただ、ありがとう、と笑ったときだけは、嬉しそうで幸せそうで。

 じんわりこみ上げる何かに、俺はごくりと唾を飲んだ。






 お祝いをしてくれる気らしい彼は、定時過ぎに本当に伝信を送ってきた。

 そのとき私は今の部署を引き払う準備やら片付けやらをしている真っ最中で、突然鳴り出した伝令神機を散らかった机から救出するのに、ちょっとした捜索をしないとならなかった。



 伝信には、この後空いてるかとだけあって、まだ異動してもいないのに、と律儀な彼に少しだけ、笑みがこぼれた。



 ほかの女の子には、挨拶代わりに好きだと囁いて最初のデートでお持ち帰り、がお決まりの彼から、こんな風に一つずつ順を追うような扱いをされること、悲しくないわけじゃなかった。

 可愛いと頭を撫でられたり、両手が塞がろうものならすかさず手を貸してくれたり。

 そういうことを自然にできてしまう彼が、そういうのに自然に甘えられる彼女たちが、うらやましくてならなかった。



 私には一度も。



 甘えさせてくれたことなんてない。



 それがどんな意味か、分からないほど私は馬鹿でも鈍くもない。



 そして、それならばと落ち着いた今の関係から抜け出すつもりも、ない。






『今日はまだ片付けがあるから、また今度でも良い?』

 社交辞令に思われるのだけは避けたくて、話が曖昧になる前にと勢いで送った伝信の、返事がこれ。



 ──また今度。



 いつだ、っての。



 きっとあいつの中では二人で食事イコール朝までな流れ、だとかになってるんだろう。



 軽い男に分類されないためのあらゆる努力は、あいつの目にどう映ってるのか、知りたい。そもそも映ってすらいなかったりして。

 まあ、あいつの不思議な鈍さは今に始まったことじゃない。
 院生の頃から、人の恋路にだけは必ずと言っていいくらいあいつが関わってたのに。



 道を歩けば誰もが振り返る美人で、だけどイタズラ程度の悪さなら豪快にやってのけるようなヤツで、当然、焦がれる男は多かった。
 なのにあいつは自分のことよりも人の世話を焼くばかりで。



 馬鹿な俺は、あいつの一番近くに立てたのを男としてのステータスみたいに振りかざす反面、開けっ広げで柔らかいあいつの側を、誰よりも強く望んでいたんだと思う。

 入隊してすぐ、あいつに恋人ができるまでは。






 私たちはいつも五、六人でひと塊だった。

 私の親友が二人と、ずっと班が同じだった男の子二人、そして彼。



 その中の誰かと、面と向かって二人で話したことがない、なんて、実際よくある話だろう。



 私の場合、それが彼だった。



 入隊したばかりの頃、私は、彼じゃない、班が同じだったほうの男の子と付き合っていた。
 お互いにまだ幼い恋愛しか知らなくて、そのくせ、別れた原因は相手の浮気。
 初めてきた恋人に、修羅場を経験させていただけるとは思わなかった。



 そしてその修羅場あたりから、



 彼の態度が少し変わった。



 どう変わったか、と言われてもはっきりとは答えられないけど。



 そんなことをつらつらと考えあぐねて、食事の誘いに返答してから優に三十分が経ったとき、再び伝令神機が鳴った。
 高く積み上げた本の上に乗せておいたから、今度は捜索することもなかった。

 でも、



『終わるまで待ってる。今からそっち行くわ』



 その瞬間沸き上がったのは、待ってると言ってくれたことへのときめきだなんて可愛いものではなくて、私の都合や気持ちを考えてもくれない彼への憤りだった。

 お祝いしてもらったって、食事に誘われたって、そんなのじゃ全然嬉しくない。

 なのに、ねぇ



 何でそんなことも分からないの?

 女の子の気持ちなんて手にとるように分かるんじゃないの?

 それともただの嫌がらせ?



 女として見てもらえない私の鼻先に『特別』の札をぶら下げて、私が飛び付くのを待ってるの?



 そうとしか、もう考えられない。



 私は、こんな私が大嫌いだ。



「?──…お、いた」






 何度も来たことのある部屋に足を踏み入れた瞬間、あいつの霊圧に混ざっていた何かが霧みたいに散って、消えた。

 それが何だったのか、答えはあいつの泣きそうな顔を見て、なんとなく、分かってしまった。



「っ…なんだ、早かったね。いま返事しようとしてたとこなのに」



 ──適当な言い訳を並べて、俺の申し出を退ける?
 そんな返事はいらないから、こうしてさっさと会いに来たんだ。



「遅ぇから来ちまった。随分とまあ…派手に散らかしたなお前」
「良いの!これから片付けるんだから」
「店閉まる」
「だから来なくて良い、って送ろうと思ったのに、」



 ヤバい、これは、ちょっと本気で怒り始めた声だ。



 そんなことなら簡単に分かるのに、こいつの気持ちはまだ一匙もすくえない。

 とりあえず、ごめんなと謝って、なんなら手伝ってやろうかと散らかった机に視線を遣って、



 気付いた。



「?、コレ、」
「…あ」



 九番隊の、隊員名簿。



 何でこんなもの、お前が持ってる。

 疑問をそのまま口にしたら、こいつは、珍しく真っ赤になって名簿をかっさらいガサリと胸に抱いた。



 そんな反応、



「これは、っ…異動したら担当しなきゃいけないから、そのために渡されたの」



 やめろ



「日割りの確認とか、備品管理とか、そういうのに必要なの」



 期待、するだろ。



「じゃあ、さ」

「…」

「俺がいつ非番とか、お前が決めるわけ」

「…、ん」

「俺が出した書類とか申請書とか、全部?が見るんだ」

「そうだけど、」

「へェ」



 文字に、





「それなら」





 かたちに、すれば。お前は信じてくれるんだろうか。





「書くわ、全部に」













『愛してる』















 そう言って、笑う修兵の顔が、すごく優しくて。



 よく見れば、その笑顔がいつも私に向けられていたものだと気付いた。
















10000打ありがとう企画一つめ!
修兵さんの短編を、とのリクをいただきました。ありがとうございます!
投票理由の欄にコメントを書いてくださった方もいて、すんごくすんごく嬉しかったです。嬉しすぎて激しく読み返しまくりました(笑)
何かですね、ありがとう企画なのに、ありがとう企画に参加してくれてありがとう、的な?…無限ありがとうループになりかねないことにハタと気付いた海崎です。
とにかく、票を頂いたお話すべてを書く決意ですのでー!



カラタチ…思い出




 





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