──…あれ? おかしいですね。 中庭を左にして突き当たりまで行って、曲がって曲がって曲がったところの手前から三番目だったと思うのですが。 曲がって曲がって曲がって、曲がったところだったような気もしますねぇ──いやはや。 あ、これは失敬。 いつも我が家にお越しいただきみなさんには感謝してもしきれないのですが、今回は私が、あるお宅を訪問させていただいているのです。 ま、招かれちゃいないんですけど。 それより私、今そのお宅の座敷を出て一度厠に行ったのですが、何という運命の悪戯か、座敷の場所をうっかり失念してしまったのです。 …──誰ですか人聞きの悪い、決して迷ってなどいません。 しかし弱りました。早く戻らないと宴が始まってしまいますから。 本当なら、今夜は十一番隊で檜佐木の誕生会と称したただの飲み会が開催されるはずでした。 それがなぜ十一番隊で、なのかと申しますと、九番隊で催したとてあの?さんがのこのこ適地に赴くような真似はしないだろう、と誰もが心得ていたからです。 ですがこの飲み会も、どこかの誰かさんのおかげでなくなってしまいました。 まさか、?さんをデコレイトするためにあの朽木家のご当主のところへ行く方がいるとは思わなかったのです。 あの方は?さんを目に入れても痛くないとばかりにたいへん可愛がっていらっしゃるので、たかが檜佐木のための作戦がまず間違いなく大事になってしまいますから。 しかもあのご当主ときたら?さんを独り占めする算段だったようで、女性死神協会会員兼檜佐木副隊長担当の私ですら、朽木家の豪邸で?さんを主賓にひっそり宴会が開かれるということを今日まで知らなかったのです。 ちなみに女性死神協会では、主に隊長格の方など人気のある男性の死神に担当が付いているんですよ。取材や尾行や盗撮は担当者の仕事なのです。 とにかくこういった訳あって今夜、これといった妨害も為せぬままに宴会が開かれようとしておりました。 しかしさすが私と言いましょうか、ギリギリになって名案を思い付き、開催は防げなかったもののご当主の思惑を大きく歪めることには成功いたしました。 一体何をしたのか、その説明は座敷に戻ってからと思っていました──…が、既に私、とんでもない所まで迷い込んでしまいました。 しかしどんな状況でも希望はあるものです。長い廊下の先に、私を救う女神が現れたのです。 「何してるの?」 ──?さんです! 何を隠そう、この宴のことを教えてくれたのは?さんでした。 同じ隊の部下である私に?さんはとても良くしてくださっているのです。 そんな?さんから心底困った様子で相談されては、檜佐木副隊長担当としても黙っているわけには参りません。 ──私、本日のこの宴会の話を吹聴してまわったのです。 そのおかげで、ご当主が?さんと二人きり──どころか、ほぼ全隊長格が朽木邸に集うという大宴会になりました。 よくやった私。 「何やってるの、戻ろ。みんなもう飲み始めてるよ」 ?さんたら、私が急にいなくなったものだから少しご機嫌ななめのようです。こういうところ、我が上官ながら本当に可愛らしいと思うんですが。 「…壁に向かってなに喋ってるの、気持ち悪い」 そう言い放って、目も合わせてくれぬままクルリと踵を返した?さんを私が慌てて追いかける──いつもの構図です。 ま、そうは言っても何だかんだ待っていてくれるんですよね。ほら。 「まったくもう、厠行ったのかと思ってあっちばっかり探してたんだから」 …──ん? 「いや、あの、行きましたけど、お手洗い」 「何言ってるの反対方向でしょ」 「…」 「まさか」 「えへ」 「…君どれだけ迷ってたの」 どうやら私、見当違いな迷い方をした挙げ句、屋敷を一周してしまったようです。 ?さんがすぐ横の襖を引けば、そこはみなさんのいる宴会場だったのですから。 「どこ行ってたんだよ、?」 すぐに駆け寄ってきたのはもちろん檜佐木副隊長。 再会の抱擁とばかりに堂々と?さんの頭を引き寄せて抱き締めてしまいました。?さんも、無反応を装いながらも副隊長を足蹴にしないあたり、やはり副隊長がお誕生日だということを意識しているようですね。 「?ちゃんはこっちィー」 二人のお邪魔にならないようにとひっそり離れた席につけば、その向かいで徳利をつまんでプラプラ揺らしながら、市丸隊長が上機嫌に手招きしています。 「…副隊長さんばっかりずるいやないの。なァ、イズル」 「はいはいそうですね。本当にもう…飲みすぎないでくださいよ隊長」 今にもその手から滑り落ちそうな徳利を受け取ろうと構えつつ?さんを見つめているのは、同じ三番隊の吉良副隊長。 勤務中に姿をくらましては?さんに構いにやってくる市丸隊長と、毎度毎度それを連れ戻さなくてはならない吉良副隊長とはほぼ毎日顔を合わせているせいか、?さんも仲が良いんです。 隊長に手招きされた?さんは、檜佐木副隊長の腕を逃れて私の向かいに腰を下ろしました。 「?ちゃん?ちゃん、膝」 「膝、ですか?」 ああ見えて上官はしっかり敬う?さんは、市丸隊長の手からそっと徳利を抜き取りぐい飲みにお酒を注いでいます。市丸隊長も上機嫌。ご自分の膝をぽんぽん、と叩いて?さんの腰を引き寄せているのです。 「重たいですから」 「重たない」 「…恥ずかしいです」 「?ちゃんとボクの仲」 「市丸隊長、」 「早よ座って?」 どこまでも引き下がる市丸隊長に困り果て苦肉の策で恥ずかしい、と言ったのでしょうに、そんな?さんにはお構い無しです。 あっという間に?さんを膝に座らせて、終いには離すまいと両腕でギュッと抱き締めてしまいました。 「?ちゃんええ匂いするなァ」 「しません。あの、隊長…── 「そろそろ離したらどうだ」 これは珍しい。 いつもは?さんが誰といようとも静かに見守り、人目のないときでしか話しかけようとしない──あの朽木隊長が。 憮然とした様子で二人の間に割って入ったのです。 「何ですの六番隊長はん」 「?は私に用があって来たのだ──そうだな」 「あの、…はい」 顔には出していませんが、明らかに声を潜めた市丸隊長。?さんが奪われようとしているのですからね。 一方、突然話を振られた?さんは、お二人の視線をがんがんに浴びつつも何とかひとつ頷きました。 「では行くぞ。兄も遠慮せず寛がれると良い」 「…そりゃどォもおおきに」 朽木隊長の視線にうながされ立ち上がった?さん。 家主の後を追って、騒がしい座敷をこっそりと出ていかれました。 ──残念なことに、私がお話しできるのはここまでです。 と言うのも、みなさんすっかり出来上がってしまって気付かなかったようですが、あの後?さんは戻って来なかったのです。 一度だけご当主が戻っていらっしゃって、何とも不可解ですが、檜佐木副隊長を連れてまた奥へ引っ込んでしまわれました。 その後もやはり檜佐木副隊長は戻らず、宴会がお開きになる頃にご当主が…──どう言えば良いのか、たいへん不機嫌なご様子で、お一人で戻っていらっしゃったのです。 一体どうしたのでしょうね。 その日の九番隊副隊長の日記→ |