この世界に終わりは無い。 昨日の終わりは今日の始まりに溶けて、その境目は見えない。 今日が一体いつなのか。 そもそもここに時間は流れているのか。 それすらも分からなかったが、少なくとも私は伸びた髪を二回ほど切らなくてはいけなかった。 それだけの時間が過ぎたのだ。 あの奇妙な目覚めは相変わらずだった。 私の目覚めはいつも真っ白だった。目を開けてもそこがどこなのか解らなくて、窓の外、作り物のような空に張り付いた三日月を見て漸く、ああそうだったと思い出す。 もしも目覚めたときに見えるそれが他の何かでも、私は自分を思い出せるのかと考えたことがあった。 思い出せないかもしれない。 その時はきっと、違う私が、思い出すんだろう。 ――私の知らない、私の記憶を。 「…?、起きているか」 「はい」 だだっ広い部屋の外から、ウルキオラが私を呼んだ。毎回扉を蹴破る勢いでやってくるグリムジョーやノイトラと違って、律儀な彼は私が返事をするまで決して入ってこようとはしない。 それが可愛くていじらしくて私はウルキオラが大好きなのだが、あんまり待たせては可哀想なのですぐに答えてやる。 天井まで伸びる扉が開き、ウルキオラは私のベッドまで音もなくやってきた。 「眠いのか」 「ぼーっとしてただけ」 冷たい色をした手が労るように頬を撫でていく。目を閉じて擦り寄れば、喉を鳴らす低い音。 笑っているのだと、最初に気付いたときは本当に嬉しかった。 「何かあったの?」 わざわざこっちから尋ねるのは、何もないと知っているから。そうでなくとも、ここの住人たちは私に重要なことを何一つ教えてはくれないのだ。 ウルキオラの手を抱き込んでベッドに潜りなおすと、それに引っ張られながら彼も腰を下ろした。そうして彼は私をただじっと見つめたまま、口を開く。 「藍染様が戻られた」 ――――――― はつ恋2 5 ――――――― 「藍染、さま…」 「これでお前の知りたかったことが聞けるな」 ウルキオラは静かにそう言って、少し目を細めた。彼の笑顔はとても分かりにくくて、その上一瞬なのだ。次の瞬間には――ほら、もう立ち上がって私の湯浴みの用意を始めている。 「お前に会いたいそうだ」 「…はいはい、すぐに」 苦笑しつつベッドから抜け出したが実際は。 初めて会う自分の主に、緊張で心臓が押し潰されそうだ。 それに実を言えば、これから向かうであろう玉座のある部屋が私は苦手だった。 すべての宮の出入口は玉座の間に通じているから、ヤミーのように自室の壁を砕こうなんて無茶なことでもしない限り、玉座の前を通らずして外に出ることはできない。 長らく主が不在であるにも関わらず、そこは異様な空間だった。 他のどこよりも高い天井、部屋の端のほうが暗闇に紛れて見えないくらいの広さ。 それより何より、絶えず響く風の鳴るような音が苦手だった。 泣いているようで、悲しかった。 この部屋の主は、どうしてこんなに寂しい部屋に身を置いたのだろうといつも思っていた。 ――寂しかった? 白い装束に身を包み、進む長い廊下の先を見据え、一番聞きたかったそれはきっと聞けないだろうなとなんとなく思う。 それを言うならこの世界は、どこもかしこも微かな寂しさに包まれているのだから。 「藍染様、お連れしました」 「入りなさい」 初めて聞く声だった。 ウルキオラに促され、何度も通ったはずのその部屋に足を踏み入れる。 彼は玉座にいた。 ゆったりとした居住まいからは底の見えない力を感じる。 頬杖にあずけた顔はとても綺麗で、そして、 ――そして、血のように暗い、底冷えのするような瞳で、射抜くように私を見つめていた。 「?」 私の主。 「?」 だがその瞬間、柔らかく笑った彼はあっという間に私の目の前に降り立って。 そして私を、痛いくらいに抱き締めていた。 「君に会いたかった」 困惑して身を固くする私の耳元に唇をつけ、藍染様はほんの僅かに息を吐いた。私にはそれがどうしてか酷く哀しく聴こえて、気づけば自然と彼の背を撫でていた。 「藍染様」 「うん?」 「おかえり、なさい」 どうしてか分からない。 目の奥がじわりと滲み出す。主の背は、温かくて優しかった。 「君に話さなければならないことが山程あるんだ、?」 「はい」 「だがその前に」 そこで彼は居並ぶ十刃たちに目をやって指先でつい、と退出するよう促した。 二人だけになった空間に静寂が訪れる。 藍染様はふいに私を抱き上げ、私が驚きに瞬いた一瞬の間に、静かに玉座に戻った。 どうしていいか分からずただじっとしていれば、藍染様は私を抱いたまま何の苦もなく腰を下ろす。私は主の膝の上を横向きに陣取る形になってしまった。 「藍染様、あの、下ろして―― 「どうして?駄目かい」 「でも…」 「さあ、よく見せて」 綺麗な顔がすぐ近くにある。 それだけでも緊張するのに、うつ向くしかなかった私の顎をすくい上げて、藍染様はまじまじと私の顔を確かめ始めた。 「しばらく見ないうちに、本当に綺麗になった」 「…そんな、」 あなたのほうが、と続けようとした私の口は、藍染様の人差し指に塞がれてしまう。 ぴたりと触れてくるそれは数回唇の上を撫で、――そして次の瞬間、下唇を引っかけるように口内に潜り込んできた。 びっくりして藍染様を見れば、優しくも強い瞳にゆっくりと一つ瞬きを返される。 「噛んでごらん」 「…――っ!」 出来ない、と首を横に降れば、藍染様は悲しそうに眉を下げた。 「君がここにいる証が欲しい。構わないから、噛みなさい」 少し語気を強めてそう言われ、私は彼の指に緩く歯を立てた。 「それじゃ痕も残らないよ」 「…良いんです」 言われるがままに噛んでしまった場所を拭こうとすると、藍染様はクスクス笑った。 そして私の口から引き抜いた指先に小さく口付けて、そのもどかしいほど優しい動きに翻弄されて泣きそうになっている私に、ゆっくり話して聞かせてくれた。 記憶を失う前の、私のことを。 ――――――― はつ恋2 5 ――――――― 「藍染様」 「何だい」 隊長がどれほどの存在なのかは解らなかったが、藍染様が副隊長だったと言うのなら、私は実はとんでもない女だったのかもしれない。 冗談混じりにそう言えば、藍染様は笑いながら私の頭を撫でた。 「聞いてもいいですか」 「何かな」 「どうして、裏切ったの」 無垢な子どものような問いにも、藍染様は目を細めて笑ってくれた。 「私には力があった。それだけだよ」 彼は、寂しそうだった。 ▼ さいきん黒幕藍染様への愛がヤバいです。 恐くて寂しくて綺麗すぎる…よく考えたらあの人、鏡花水月の力によるフェイクだったとは言え自分を殺したときが一番むごくないか? そんなことを考えたら藍染様が愛しくてもうどうにもとまらない海崎。半端な終わり方で、物語にあまり進展なくてごめんなさい… |