ある日ぱちりと目が覚めた。 気持ちの良い目覚めだったけれど、少しだけ妙な感じがした。それはもう妙としか言い様のない不可解な感覚。 このときはまだ、この感覚が何なのか分かりようもなかった。 目覚めてまず視界に入ったのは、目映いばかりの一面の白だった。 痛みすら感じるその明るさに耐えられずもう一度瞼を下ろして、そうしてからふと考える。 ──ここは、どこだろう。 空気に動きがないから室内だというのは間違いない。問題なのは、それ以上の手がかりを探そうにも「白」以外見当たらないということだ。 仕方ないので再び目を開けて、 「…ッ、ひ」 そして同時に後悔した。 ─────── はつ恋2 1 ─────── 目を開けた瞬間、そいつは何とも分かりやすい顔で悲鳴を上げた。 「人の顔見て叫ぶか、普通…失礼なヤツだな」 「な、ッ…何、だれ」 叫びたくもなる。目を開けて、そこに知らない男の顔がどーんと待ち受けていたら。とでも言いたげな顔が、強い口調とは裏腹に怯えているのを見て俺は顔を遠ざけてやった。 「んー?誰だと思う」 そして、そいつを跨ぐように乗り上げていたベッドに今度は大人しく腰掛けて問うてみる。 「知らない。ここはどこだ?あとなんで寝ているんだ」 「…口の利き方から教えてやるから、ちょっと黙れ」 やっぱりか。 目の前で不思議そうに瞬く女の顔が、俺の記憶の中の彼女と同じ人物とは思えないくらいあどけなかったから、驚きはなかった。でも。 「…本当に、何も覚えてないんだな」 それでも僅かに抱いてしまった期待に対する落胆。彼女を好きだったあの頃の記憶が、俺にそんなものを感じさせる。 「何のことだ」 「独り言だ、気にするな」 怯えからか、睨むような鋭い目線を送ってくる女の頭をひとつ撫でて、部屋の外に向かって食事を持ってくるよう声をかけた。 「誰が食事をするんだ」 「お前に決まってんだろ」 「私?」 「俺たちは必要ない」 「…」 程なくして運ばれてきた食事に、用意させたはずの俺が懐かしさを覚えたものだから笑ってしまった。そういえば何度か彼女と昼飯を食ったりもしたな、と記憶を掘り起こしていると、ふいに服を引かれて意識を呼び戻す。 「わ、たし…何で、」 震える声にぎょっとして顔を見れば、今にも泣き出しそうな濡れた瞳が不安そうを見上げていた。 「私、私ッ…分からない、ここはどこ?何で、私」 「落ち着け、大丈夫だ。な、大丈夫だから」 どうやら分からないなりに自分の異変に気付いたらしい。 慌てて背中を擦ってやるとぎゅっと胸元にしがみつかれて俺の方が面食らう。記憶のどこを探しても、こんなに怯えて泣く彼女は見当たらないから。 彼女──??は本来ここ、虚園の住人ではない。 護廷十三隊の隊長だった記憶を失って、ここに連れてこられたのだ。 藍染様にとってもそれは誤算、というか想定外だったらしい。 今より少し前、大事そうに彼女を抱えて虚園に戻った主は珍しく俺たち全員を呼び集めて言った。彼女の身の回りの世話をしてやれ、精神状態が安定するまでは小さな子どもと変わりないからと。そして、万が一記憶が戻ったときのためにと、彼女と面識のあった俺が世話係になってしまった。 とんだ貧乏くじを引いちまった。 最初はそう思った。 ここへ来る前に何があったのか、?はかなり衰弱して世話と言うよりは看病してやらなきゃならない状態だった。面倒臭いだけだった。 でも、毎日?の元に通い世話を焼いてるうちに早く目を覚ましてほしいと思うようになった。最初はそれこそ死んでるんじゃないかと言うくらい酷い顔色をしていたのが、俺が一晩中付いててやった日やたくさん話しかけた日は、嬉しそうに笑ってるように見えた。 ──目を覚ましたら、何て言うだろう。 あの優しい笑顔だけは変わってないと良い。 そう思うようになるのに時間はかからなかった。 俺の献身ぶりを訝しがっていたほかの奴らも、だんだんと?の眠る部屋を訪れる回数が増えていった。みんな気付いていたんだろう。?の存在は俺たちが誰一人として到底持ち得なかったもの、そのものだった。 ─────── はつ恋2 1 ─────── 「メシ食え、元気になるから。な?」 「…貴様、名前は」 「貴様とか言うな。アーロニーロだ」 (それは、希望) |