?と寄り添うようにして隊首室に戻り扉を開けると、玻空が机の上でどっかりとあぐらをかいていた。そして、俺が口を開くより早くこう言ってのけた。 「三席だ」 ────── はつ恋 6 ────── 「…は?」 全く意味が分からない。玻空はニヤリと笑って机の上にゴロゴロ指輪を転がした。最初からそうだったがこの男は落ち着きが無さすぎる。 「お前がどんだけ?に惚れてても、?がどんだけお前を好いてても、俺は弱いヤツに?を渡してやる気はねぇからな。てことでお前の最低条件は三席」 隊長は?だしあの女には関わりたくないからな、とか何とかブツブツ呟いた挙句、玻空は机を飛び降りていきなり?と俺との間に割って入った。そしてわざとらしく?の肩を抱き寄せ俺から距離を取った。 「じゃ、そういうことだから。頑張ってね冬獅郎」 「…気持ち悪い」 鮮やかにウインクを決めた玻空は、俺が顔を背けた一瞬の間に姿を消していた。 「隊長」 「…何でしょう」 「あいつは入隊したばかりの俺に三席になれって言ってんですかね」 「ええと、玻空はね、意外と頑固だから…えっと、…冬獅郎」 「はい」 「ごめんね」 「…努力します」 申し訳なさそうに俯いた?の後頭部に手を伸ばすと、撫でる前に?はすっと顔を上げてしまった。 「でも、最初に冬獅郎に気づいたのは私ではなくて玻空だったの」 「…最初?」 数年前。まだ俺が霊術院にいた頃、?と他の隊長格の数人で霊術院を視察に訪れたことがあるらしい。卒業を控えた最上級生たちの実力を見るため、極秘の視察を行ったそうだ。 そこで、玻空が俺を見つけた。 「玻空は、感覚的な能力がとても高いの。あのときも、真っ直ぐ君のいる教室に向かった」 ──あいつ、入れろ。 「天の邪鬼だけど死神を見る眼には容赦が無い。玻空が三席と言うのならなれるよ、必ず」 仲良くなれると良いね、と笑って?が俺の腰に下がる斬魄刀に触れた。 そういう経緯で、俺は?にまともな告白も出来ないまま事実上のおあずけを食らうことになった。 一度うっかり“?”と呼んでしまったときなどは、たまたま外に出ていた玻空から瞬時に渾身の頭突きをお見舞いされた。またあるときは、近づきすぎだと文鎮が飛んできたこともある。 「てめぇ殺す気か」 幸い当たりはしなかったが、というか当たっていたら間違いなく四番隊行きだったが、さすがに頭にきて鈍い音を立てて床に落ちた文鎮を投げ返す。 「これくらいで死ぬようじゃ?は渡せねぇなー」 玻空はひょい、と文鎮を受け止めて白々しく言ってのけた。玻空に文鎮をとられた?は、仕事が出来ない、と不平を漏らしつつもその顔は楽しそうだった。 ちなみに、入隊式の日以降?が俺たちの争いに割って入ることはめったに無くなった。賑やかで楽しいからと、いつも笑っていた。 そしてこういった小さな事件の舞台となるのは大抵が隊首室だった。 本来なら六席の俺が隊首室に顔を出さねばならない用事などそれほど多くはない。しかし十番隊の副隊長は、?と俺の関係を知ってか知らずか、毎日遅刻かサボりか早退かといった具合なので、その分の仕事が振り分けられることもざらにあった。 その日も、期限が明日に迫った月例報告書を、副隊長の代わりに引き受けた五席の代わりに俺が片付けているところだった。ふいに執務室前の廊下に気配を感じ顔を上げると、音もなく扉が開いて玻空が滑り込んできた。 「何だよ。隊長ならまだ部屋だぞ」 「知ってるに決まってんだろ、馬鹿かお前」 本当に、一々勘に触るやつだ。 玻空は後ろ手に扉を閉めると、人気のない昼時の執務室をずんずんこちらに向かってくる。空いた机から書きかけの書類が煽られて床に落ちるのを気にも留めずに、俺の机の前に来ると偉そうにバン、と両腕を突き立てた。 よくよく考えてみれば玻空が自分から、しかも一人で俺のところに来るなど初めてのことだった。 「…ちょっと来い」 「どこにだよ」 「隊首室」 「後で行く。これ終わらせて隊長んとこ持って、」 「今すぐだ」 「…んでだよ」 玻空は不機嫌そうに頭を掻きむしって、なぜか声をひそめて言った。 「隣んとこのよく分かんねえ席官が?に迫ってんの!一緒に昼飯食おうとか何とか」 誰が渡すかあの卑猥数字、とブツブツ悪態をつく玻空を前に、そんなことでわざわざ俺を呼びに来たのかという思いと、許せねぇ卑猥数字という苛立ちがごちゃ混ぜになり俺は溜め息をついた。 「冬獅郎、早く助けろ」 「助けろって…ったく」 口ではそう言いつつも足は最速で隊首室に向かう。確かに、室内には?の他に霊圧が一つ。近付くにつれて話し声も少しずつ聞こえるようになってきた。 「…まずいことでもあるんスか」 「そうじゃないよ」 「この前また今度ね、って言ってたの俺まだ覚えてるんスけど」 「確かにそう言ったけど…」 「他に約束が無いなら、俺と行ってくれないスか。奢りますから」 「それは悪いよ、」 「?さんのためならそれくらい、」 ──バタン 「…は?」 気づけば、俺は二人の前に登場させられていた。 「冬獅郎?」 どうしたの、と首を傾げる?。そして?の前でなければ確実に舌打ちしていたであろう表情の卑猥数字、もとい九番隊の檜佐木修兵。 俺はといえば、勝手に扉を開けてくれた玻空を振り返ろうとして、もうそこに姿が無いことに気づきようやく決意を固めた。 「…失礼します」 「どうぞ」 ?はニッコリ笑うと机に戻りながら報告書?と尋ね筆を手に取った。 「いや」 「そう。急がなくて良いからね、明日の晩までに形になっていれば大丈夫だから」 「…」 「冬獅郎?」 檜佐木のやつ、いい加減気付けよ。心の叫びも虚しく檜佐木は俺に刺すような視線を向けてくる。?に見えないよう腰の後ろで組まれた手は、中指だけがぐいと突き出ていた。 ──邪魔するなってことか。 いくら年上と言えど、惚れた相手を安々渡してやるほど俺はまだ人間が出来ていない。取るべき道は、一つ。 「?」 「な…てめ、」 流れるような黒髪をひとすくい、目を伏せてそれに唇を押し当てた。檜佐木は怒りと困惑で複雑そうな表情になったが、?が抵抗しないので為す術もなく目を泳がせている。 「冬獅郎、」 恥ずかしそうに俯く?に、自然と頬が緩んだ。 「行くぞ」 ?が口を開く前にその手を引いて促す。憤然と立ちはだかる檜佐木の前を通り過ぎ扉に手をかけたとき、檜佐木の慌てたような声が聞こえた。 「?さん、また来ますから!」 ?の背を押して外へ出る。扉を閉める直前、俺は?に見えないよう中指を突き出して見せた。 (扉を閉めた瞬間、現れた玻空にどつかれたのはまた別のはなし) |