はつ恋 | ナノ








 一目惚れ。
 簡単なことだ。


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はつ恋 5
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 一度触れてしまえば想いはどんどん大きくなっていく。心臓は痛いくらいに早鐘を打つのに、苦しくて仕方がないのに、俺の腕は?を解放するどころかますます強く抱き締めていた。

「冬獅郎…」

 ?のかすれた声が俺の胸でくぐもって聞こえる。罪悪感に飲み込まれてしまいそうで、それでも触れることの出来た喜びに俺はかたく目を閉じた。


「すいません――隊長に惚れました」


 我ながらこんな阿呆な告白などあったものじゃないと思う。だがこのときの俺には他に術がなかった。会ったときも、俺を見つけてくれた挨拶も、おめでとうと言った笑顔も、たった今、花が綺麗だと笑った背中も、──すべてが。



 ?に触れたいと強く願った俺の心に溶けていた。



「冬獅郎」
「…」
「離さなくて良い。顔を見せて」


 呟くような小さな声は、今まで聞いたどの言葉より優しいものだった。俺はそこでようやく冷静さを呼び戻し、先ほどまでの激情の代わりに胸の内を満たしていたひどい罪悪感に唇を噛みしめながら、ゆっくり腕を緩めた。

「そんな顔しないで」
「すみません…俺は、」
「謝らないで」
「でも、」
「謝るのは、気の迷いだから?」
「違う…でも隊長にこんなこと、最低だ」
「嫌なら斬り捨てる」
「…」
「冬獅郎、落ち着いて」

 ?は玻空にしたように俺の頬を両手で包んで、あの溶けるような笑顔を見せた。

「隊長、」



「…だーから手ぇ出すなっつったろ」



「玻、空」

 仕方ねぇなーもう、と柔らかそうな髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜながら玻空が戻って来た。ばつが悪いやら恥ずかしいやら申し訳無いやら、だというのに俺の腕は?の腰を引き寄せたままだった。それをチラリと一瞥すると、玻空は片手にぶら下げていたものを俺に突き出した。

「お前の斬魄刀だ。名前は自分で聞け」

 俺が目を見張ったのを見て玻空は眉をひそめたが、瞬時に何かを悟ったようで視線を?に移した。

「?」
「な、何かな、玻空」
「こいつにちゃんと説明したのか」
「…したよ」
「してねぇだろ!何でこんなにびっくりされんだよ」
「私の刀あげる、って伝えたもの!だけど今それどころじゃ、」
「それどころじゃねぇって?」

 いつの間にか、顔を背けそうになる?を白状させようと玻空が無理矢理抑えるという構図が出来上がっており、急に蚊帳の外に放り出された俺は渡された斬魄刀に目を落とした。
 鍔から真っ直ぐ伸びた刀身には、竜の鬣がうねる複雑な装飾が施されており、大きめの鍔は四つに分かれそれぞれが竜の爪のように鋭く尖っている。柄には金銀と白、濃紺の刺繍がキラキラ輝いて、俺に話しかけてくるようだった。


 ──本当に、話しかけているみたいだった。

 
「弟…って言ったよな」

 恐る恐る口に出すと、二人は動きを止めて俺を見た。

「いや、人じゃ、ない気がして」

 居心地の悪い沈黙のあと、?が嬉しそうに笑い玻空はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。気のせいか、その横顔は満足げだった。

「人じゃない。よく判ったね冬獅郎」

 ?は玻空の腕を逃れて俺に駆け寄りその刀に触れた。瞬間刀は応えるようにどくんと大きく波打ち、その振動が刀を支えていた俺の腕をも揺らした。

「これにはもう随分長いこと使い手がいなくてね。すっかり眠ってしまっていたのを玻空が連れてきたの」
「だから、弟…?」
「そう、でもこれは強い。そしてとても気高い。私欲のために振るったところで、枝すら斬ることはできない」

 ?は刀身を撫でる手を止めて俺を見据えた。初めて見る強く厳しい目。逸らさずにいるのが、俺には精一杯だった。

「心配しなくて良い。時間はかかるかもしれないけど、冬獅郎なら大丈夫」

 ?は笑ってくれたが、俺は不安だった。
 浅打しか扱ったことのない俺でも、ビリビリと腕を伝う霊圧が挨拶なんて生易しいものではないことくらい分かった。


「…ビビんなよ」


 欄干に腰掛けてつまらなそうにしていた玻空が口を開いた。薬指にはめていた指輪を指先で転がしながら、こちらに顔を向けもせずそいつは続けた。

「そいつにはすぐ判る。ビビってるとか怖じ気付いてるとか、何か企んでるとか。そういう弱い気持ちが、そいつは何より嫌いだ」

 そこまで言うと、玻空は放り投げた指輪を器用に受け止めて指に嵌め直し立ち上がった。そしてなぜかチラリと?の顔を盗み見て口の端を上げた。



「…まぁ、?が惚れたお前なら大丈夫だろ」





「…玻空っ!」
「気付くの遅ぇよ」


 玻空は楽しそうにケラケラ笑いながら廊下を引き返し始めた。焦る?、もう後ろ姿も遠い玻空、俺は──

「隊長」
「…はい」
「今のは」
「は、い」
「…」

 ばつが悪そうに俯いて唇をきゅっと引き結んでいる?。簡単には口を割ってくれそうにないが、期待が確信を持ち始めた今俺はもう止まらなかった。


「っ、冬獅郎…っ」


 片手で腕を引き、すんなり胸にぶつかってきた?の背中に腕を回す。掴んでいた手を離して両腕で抱き締めると、?が息を漏らした。

「冬獅郎」

 少し強引すぎたかとか、勘違いだったらという思いが今更滝のように押し寄せてくる。?のか細い声がそれを助長した。


「冬獅郎、」
「…離さなくて良いですか」


 玻空がしていたように、?の髪に指を絡めながら尋ねると、?が弱く胸を押し返してきた。だが俺は離す気なんて無かったから、腰の辺りに腕を下げて少しだけ隙間をつくってやった。

「良いよ」

 優しい声でそう言うと、?は俺の死覇装をきゅ、と握って顔を上げた。


「ごめんね」
「何が、」
「先に言わせてしまったから」
「え?」


「…惚れたのは、きっと私が先」






(でもあなたには適わない、きっと)




 





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