はつ恋 | ナノ








 つまりこういうことだ。


 玻空は確かに?の斬魄刀で、あのふざけた男はその具現化した姿。?の説明とあいつの適当な発言に俺の推測を加えると、玻空は斬魄刀としては極めて特異で、刀としての実体を持たず、普段は?の精神世界で眠っている。そして?が呼び出したときだけ?の霊力を借り人の形をとって外に出てくる、ということらしいが、

「?の霊圧が高すぎて中の俺もたまにしんどくなんだよ。だからたまに外に吐き出して発散してもらうだけ」

 ──らしい。

 ?の中にいる間は精神も眠った状態なので、?が意図的に知らせなければ玻空にはその間外の様子を知ることはできない。また玻空の持つ性格や嗜好などは元来の性質によるものであり、?の意思は関係ないそうだ。

「私はね、可愛い名前だったから、てっきり女の子だと思ってたの」

 初めて対話したときはこんなにひねくれてなかったのにね、と笑う?の横で、玻空はつまらなそうに骨ばった細い指を?の黒髪に絡めて弄んでいた。


──────
はつ恋 4
──────

 歓迎会については辞意を告げ座敷をあとにした俺は、覚えたばかりの執務室の場所を頭の中でたどりながら隊舎の広い廊下を歩いていた。


「冬獅郎」


 名を呼ばれて振り向くと、?が追いかけて来たところだった。

「隊長、」
「歓迎会嫌だった?ごめんね」

 眉を下げて謝る?にぎょっとして、思わず手を伸ばした。

「違います、明日からの隊長の指導の前に、少し試練場で鍛練しようかと…入隊試験以来ろくに刀に触っていなかったので」

 さすがに触れることは叶わず、行き場を失った手は結局空を泳いで下ろされた。だが当の?は何度か目をしばたかせるとにっこり笑って、それなら、と切り出した。

「私が見てあげようか」
「え」

 この隊長は、優しすぎるが故の天然タイプだと俺は悟った。

 新入隊士で上の席次に就いた者は、希望すれば入隊後数日から数ヶ月、上位席官及び副官補佐、副官、そして隊長に直接稽古をつけてもらうことができる。
 七番隊や十一番隊は強制参加らしいが、十番隊は今期の該当者が俺一人だったため以前希望を出しておいたのだった。とは言え、稽古のために稽古をつけてもらうなんて堂々巡りだろう。こんなに嬉しそうな?には口が裂けても言えないが。

「君はまだ浅打を使ってるの?」
「はい」

 霊術院で与えられた下級死神用の斬魄刀を俺はまだ手放せないでいたから、?の問いには素直に頷いた。



 自分の斬魄刀を手に入れる方法を、霊術院で教わることはできない。人によって違うからだ。死神自身の能力が高ければ、精神世界で斬魄刀の方から死神に接触してくることもあると聞いたことはあるが、浅打も満足に振れない俺にはまずその可能性はないと思っていた。


「そう…なら、ついておいで」


 俺の返事がまずかったのか、?は急に深刻そうな表情になってくるりと踵を返してしまった。

「玻空」

「…何、もう俺に会いたくなった?」

 ?が静かに名を呼ぶと、玻空は音もなく現れた。そのとき玻空を乗せた風が?の体から吹いていたことに俺は気づいた。


「貴方の弟。冬獅郎に合う気がする」


 ?は俺と玻空を振り返りもせず、きっぱりとそう言った。何かに突き動かされたような彼女が気になって後ろから表情を窺い見ると、深紫の瞳は真っ直ぐ前を向いていた。

「弟っちゃ弟だけど、あいつの好みなんて知らねぇぞ俺は」

 玻空は仕方ないとばかりに溜め息をついて横目で俺を見下ろした。

「…雪、好きか」

 ──やっぱりこいつ、綺麗だ。

 俺が小さく頷いたのを見て、玻空は少し笑って腕を伸ばしわしゃわしゃと俺の頭を撫でまわした。

「お前、」

 何を言われるのかと見つめ返すと、薄い瞳が俺の頭上をさまよって、一周したところで俺の視線に重なった。

「俺と髪型かぶってんだよ」

 ──かぶってねぇだろうが。

 そう言えなかったのは、玻空が俺に笑いかけてくれたことが存外嬉しかったからかもしれない。
 玻空は俺の頭の上に置いたままだった手を、伸びた前髪を掬い上げるように額にすべらせた。その動作は乱暴でもなんでもなくて、俺は不思議と嫌な気がしなかった。ただただ驚いて顔を上げれば、玻空は満足そうに口の端を持ち上げた。

「こうしとけ」

 最後に露になった額を手の甲でコツンと一つ叩いて、玻空は前を歩く?に視線を戻し言った。


「…良いんじゃねぇか」


 気づけば俺たちは迷路のような廊下を通り抜け、とてつもなく広い中庭を貫く細い渡り廊下を進んでいた。
 隊舎内でも隊首室の周りにだけ見られるような高い塀に囲まれた中庭は、色とりどりの花が今とばかりに大輪の花を咲かせ、小さな川が流れ、鳥のさえずりすら聞こえる極楽のような場所だった。

「隊首室よりもここの方が良いのだけれど、隊士たちが迷子になってしまうの」

 ようやく口を開いた?は、先ほどの厳しい表情はどこへやら、床の上や欄干にまでその枝を伸ばす花々に触れ目を細めた。俺は?に見とれることしか出来ずに、気付けば立ち止まっていた。それに気づいた?が玻空に先に行くよう促して、近寄って来た。


「綺麗でしょう」


──花、が?


 俺がそう思ったのはあなただ。


 胸が、締め付けられる。込み上げてくる何かを抑えられず手を伸ばすと、?はその手を取ってふわりと包み込んだ。



「君に私の斬魄刀をあげる」



 ──そう優しく笑って、?は俺の指先に唇を落とした。






(俺はたまらず抱き締めた)




 





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -