はつ恋 | ナノ








「この世で一番強いものは何だと思う?」
「…」
「たいちょーのことだからきっと一筋縄じゃいかないわよー」
「乱菊も考えてごらん」
「…」
「冬獅郎?」
「わからねぇ」
「アンタちょっとは粘りなさいよ!」

「答えは、時だよ」


──────
はつ恋 2
──────

 ?は不思議な人だった。だが十番隊の人間は一人残らず?を好いていたと確信できるくらい、周りからの人望は厚かった。


「ごめんなさい、遅刻ね」


 俺が護廷十三隊に入隊した日、?は入隊式に数分遅れてやってきた。
 この日以外では滅多に使われることのない広々とした座敷に、緊張の面持ちで並ぶ新入隊士と、隊長はまだかと焦る席官、もう慣れた様子の副官。数百人の間を、十の字が貫く白羽織を颯爽と翻して進む姿はそれだけで隊士の憧れになったものだが、当の本人に自覚があったかと言えば否であろう。

「入隊式に遅れてくる隊長なんて、駄目だね」

 申し訳なさそうに小さな声を出した?は副官に促されて上座に腰を下ろした。

「乱菊、式はどこまで進んだ?」
「あとは隊長の挨拶だけですよー」

 副官は心底楽しそうだったが?はそれを聞いて相当慌てたようだった。
 そんな彼女に副官が何やら耳打ちすると、?は急に真剣な表情をしてうつむき、しばらくして顔を上げた。その真っ直ぐな目と言葉を俺は今でも忘れることができない。スルリと落とした羽織を片手に握りしめ、細い腕でそれを掲げて?は言った。

「…この十の字を、今日から君たち一人ひとりが背負うことになります。これから先君たちは、十を誇り十に支えられ十のために戦うでしょう。だからよく覚えておいて。一つと一つが支え合えなければ、この字は生まれなかった」

 そこで?はあろうことか俺に視線を向けてきた。見間違いではない。見つめられ驚きが顔に出てしまった俺を、?は綺麗に紅の引かれた口を緩め笑ってみせたのだから。

「君たちは、ここで十をつくる一になる。悪を退け、善を守りなさい。己れの力を恥じ、他の心を知りなさい。君たちにはそれが出来る」

 ?の深紫の瞳に迷いはなかった。優しく射抜くような視線に俺は目を逸らすことも出来ない。


「…私は、君たちを信じることにしました」


 ふわりと微笑んだ?の表情に、隊士たちのまとっていた緊張感が緩むのを感じた。それはもちろん俺も含めてだが。

「ご挨拶は以上でよろしいですか?」

 ?よりいくらか年配の席官が恭しく?に尋ね、?はにこやかに頷いた。わざとらしく咳払いをした席官は意気揚々と立ち上がる。──ああ、この席官も?の人柄に入れ込んでるのか。

「ではこれにて入隊式を閉会する。席次に従って、各隊士に指示を仰ぐように。六席以上の隊士は全員この場で待機。それでは解散!」 入隊と同時にその六の席次を与えられた俺は、内心ドキドキしながらも部屋を出ていく他の隊士を見送った。
 たくさんの足音と衣擦れの音が去ったあと、部屋に残ったのは?の横にいた席官十数人と俺だけだった。六席以上とは言え、新入隊士が俺一人という事実に少なからず動揺していると、クスクス笑う声が耳に届いた。

「吃驚したでしょう、ごめんね。新しい子で上の席は君だけなの」
「…いえ、」

 ?はすでに羽織を着直して、ここへやって来たときと同じように俺の前方でゆったりと座っていた。

「…少し遠いね。こちらへおいで」

 ?が自分のすぐ横をスッと手で指し示したのを見て、俺は恐縮しつつ言われた通り?の横に正座した。


「入隊、おめでとう」


 開口一番、?は溶けるほどの笑顔でそう言った。その眼差しにきゅう、と締め付けられるような心を叱咤して、俺はどうにか頭を下げた。「有り難いことにうちは席次に空きがなくてね。数ヶ月前に六席が退職したから、君に来てもらうことにしたの」
「ありがとうございます、?隊長。でもどうして俺みたいな新入りに席を与えて下さったのか…」
「うん、それは私の友人に聞いてもらったほうがちゃんと答えられる、かな。それより日番谷くんだっけ…何が良いかな」

 …友人?ちゃんとした?何が良いって?俺の疑問はそのまま顔に出ていたらしく、何やら考え込んでいた?はチラ、と俺を見やるとまたクスクス笑った。

「ほら、六席ともなると私や乱菊と関わる機会も多いでしょう?さっきも歓迎会をするからそれを知らせたくて残ってもらったのだけど。うちは隊士の仲が良いのが取り柄だし、いつも皆にあだ名をつけるの」

 何が良いかな、と嬉しそうに顔を上げると、視線の先にいた副隊長の松本乱菊は目をしばたかせてこう言ってのけた。
「何でもいいんじゃないですかー?」


 ?の期待に満ちた目を横で見ていただけに、副官のこの一言にはぎょっとした。窺うように?に視線を移すと、予想に反して?は楽しそうに笑い声を上げた。

「そう?じゃあ、──冬獅郎」

 これにぎょっとしたのは、今度は俺ではなくなぜか副隊長だった。

「却下却下!?たいちょーが名前で呼ぶの今んとこあたしだけなんですから!何でそのちびっ子は特別扱いなんですか?!」
「お言葉ですが副隊長、ちびっ子呼ばわりすんのやめてください」
「だってちびっ子じゃない!」
「…やめろっつってんだろうが」
「ねえ、二人とも、」
「隊長は黙ってて!ちょっとちびっ子アンタ上司に向かって何その口の聞き方!あたしの方が偉いのよ!」
「あんたが言えたことかよ」 いつの間にか立ち上がってぎゃあぎゃあやり合う俺と松本(もう副隊長なんて呼ぶか)を、?は一人和やかに見守っていた。相当な平和主義者か世間知らずか、はたまたただの天然か、?は笑いながら側に控えていた先ほどの席官に声をかけた。


「二人にお茶を入れてあげて」


 俺たちは同時に?を振り返った。


「あら、もうお仕舞い?」


 聞こえたのは皮肉でもなんでもない、優しい声。

「…すみません隊長」
「謝ることじゃないよ冬獅郎」「えーホントに名前にするんですかー」

 どうしてーたいちょーの馬鹿ー、と?でなければ張り倒されそうな科白を吐く松本に、?は今日一番のびっくり発言をした。



「だって冬獅郎、綺麗だもの」



 心臓が


「…──っ、隊長、」


 どくんと一つ大きな音を上げた。






(駄目だ、惚れた)




 





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