はつ恋 | ナノ








 藍染が私の前から姿を消して一時間経った頃、ようやく私は歩ける状態になった。
 鬼道をかけられていたわけでも拘束されたわけでもない。ただあの狂気に直面した恐怖と極限に達していた疲労で、手足に鬼道を叩き込んで動かそうにも、その鬼道を使う体力すら残っていなかっただけだ。

 そんな状態だったから、流魂街に着いたときには既に手遅れだった。


 用済みの“友人たち”は、もう虚にしか見えなかった。


 握菱さんに手伝ってもらって、十二番隊まで八人を運んだ。それから一晩中、浦原隊長があらゆる手を使って彼らを元に戻そうとしたが、失敗に終わった。
 朝になって、中央四十六室の役人たちが二人を連れていき私は一人になった。

 そして今。

 二番隊に向かい夜一隊長に八人を運んでくれるよう頼んだ後、私は審議の行われていた中央から二人を連れ去って、そのときにようやく藍染の計画と崩玉の存在を聞かされた。

 理解したのだ。藍染が、私を選んだことを。



 藍染の望みが、尸魂界だけでも現世だけでもなくそれらを統べる霊王も含めた“すべて”だとしたら。

 それを叶えることができるのは私しかいない。



 ──正午まで、あと二時間。

 私は十番隊舎に向かった。




「…?」

 体を引きずるようにして歩いていた道中、ふわりと風が巻き起こって、玻空が出てきた。


「玻空、どうして──
「ごめん?。俺のせいだ」


 背中を包み込むように抱き締められ、肩に埋まった柔らかな髪が揺れた。

「違う。玻空のせいじゃない」
「でも俺がこんなだからお前はアイツに捕まった…ッ」

 初めて耳にする玻空の涙声。玻空も弱っているようだけど、玻空の具象化を制御できなくなっている私もまた相当衰弱しているらしい。
 私に力を注ごうと肩に唇を押し当てていた玻空を制して、涙の膜が張った真っ青な瞳を見つめてやる。


「謝るのは私のほうだよ。玻空を巻き込もうとしてる…ひどい主だよね」
「巻き込めよッ、俺だけ置いてくな…?がいないと死んじまう」


 お互いに震える声で交わした言葉はそれだけ。
 玻空は私を見つめたまま小さく笑って、唇にひとつキスをして消えた。

 それが、私たちの約束。




 玻空は元々、氷雪系最強の斬魄刀だった。

 けれど強すぎる力はいつからか玻空自身をも飲み込もうとして、玻空は自分の力を捨てた。斬魄刀としての本来の力をほとんど失った玻空は、肉体を失った魂のようなものだった。
 そんなときに玻空に出会ったのが私だ。玻空と同じように、年齢と身体に見合わない霊力を持っていた私は、玻空に体を貸してやることで自分の力を相殺できることに気付いた。
 そしてそれは玻空も同じだった。


 つまり。

 相手の力を抑え込むために自分の力を消費することができたのだ。



 氷雪系の力を失った玻空に残っていたのは、精神制圧の能力だった。
 文字通り術者以外の相手の五感や霊感といったすべての感覚を制圧する。

 藍染は玻空のこの能力に気付いていた。そして私も、藍染の斬魄刀の能力に気付いていた。なぜかと問われても「同じだから」と答えるしかない。

 精神制圧の内、ある部分を特化したのが藍染の持つ鏡花水月──完全催眠の力なのだ。
 玻空には完全催眠以外の能力が備わっている代わりに、完全催眠に関してだけは鏡花水月に適わない。

 藍染はそれに気付き、私を催眠にかけ「催眠にかかっていない」と誤認させ、私と玻空を欺くことに成功した。
 藍染がそうまでして確実に私たちを手に入れようとしたのは、私と玻空の力が極めて特異で強いものだと考えたからだろう。

 けれど一つだけ、藍染も気付いていないことがある。




 ──それが、卍解だ。




 私の卍解は、精神を制圧する対象を他者ではなく自分に向けることで発動する。

 言うなれば自己暗示だが、玻空の能力と私の霊力が私の体内で拮抗するのだ。鬼道に鬼道をぶつければ大爆発を引き起こす、それと同じ。
 けれど一個人の力としてはあまりにも大きく危険すぎたから、私は卍解を封印していた。


 今それを藍染に利用されてしまうことになれば、恐らく藍染に敵う者はいない。



 玻空自身を守りつつ、卍解を隠し通す方法はひとつだけ。



 ──玻空を私の中に完全に封印すること。



 問題なのは時間だ。

 隊長格が八人も抜けてしまった今、藍染が行動を起こせば護廷隊は持ちこたえられない。できるだけ長く、玻空を封印しておく必要があった。

 けれど、卍解の封印を解いたまま長時間玻空を体内に閉じ込めておくのには、私の体が持たなくなる。
 幸い現段階では玻空より私の力のほうが上だが、いずれ消費しきれなくなった玻空の力が私の精神を喰い尽くす可能性もあった。




 ──ならば最初から心を空っぽにしておけば良い。




 たとえ、それが一番大切な人の目に“裏切り”と映っても。




 隊主室に着くまで誰にも気付かれなかったのは不幸中の幸いだった。力の残っていない私の代わりに玻空が霊圧を消してくれてはいるが、誰かに出くわしてしまえば意味がない。
 滑り込むようにして隊主室に入り、何重にも結界を張る。今の私じゃ、この結界も持って数分だろう。



 ──まず、すべてを破壊する。



 私がここにいた痕跡を消さなければならない。もし再びここに来ることがあっても思い出すものがないように。

 裏切られたと知った彼が、できるだけ苦しまないように。



 壊してこの場に催眠をかける。
 いつも通り、を造り上げる。



 そして皆が気付いたときにはもう、私はここにはいない。



「冬獅郎…」



 あと数分で、さよなら。







 





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