はつ恋 | ナノ








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はつ恋 7
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 入隊から数ヶ月。未だに俺は、?から譲り受けた斬魄刀の始解どころか、名前を聞き出すことすら出来ないでいた。

 正直、物凄く悔しかった。

 霊術院にいた頃は学力も、鬼道や白打といった実技も常に上位だった。学院長からの推薦も付き、護廷への入隊は確実と誰からも羨ましがられたが、俺にはこの首席卒業が努力の成し得たものだという自負があった。
 天才でも神童でもなく、血の滲むような努力のみに支えられ勝ち取った十番隊六席の座。最年少で上位席官に就くことを騒ぎ立てる周囲を、俺は心の隅で馬鹿にしてさえいた。

 ──それなのに。


「まだ浅い!」


 稽古の回数は両手の指をとうに越えた。それなのに俺は、

「…っ、く」

 ?に与えられた最初の課題すら消化出来ていない。それは入隊してから一つも前に進めていないということと同義だ。
 そうこうしている間にも、懐を狙う?の一振りが容赦なく襲ってくる。

「集中力を欠いては駄目」
「…な、」


 ──弾き飛ばされた。


 まともな受け身も取れず、気づけば俺の手にしていた斬魄刀は隅の方まで転がっていってしまい、俺自身も床に叩き付けられ衝撃で一瞬息が詰まる。

「…くそ、はぁ…っ」

 肩で息をする俺を、?は涼しげに見下ろした。その手に握られているのは最初の稽古からずっと、短剣ひとつだけ。

「冬獅郎」

 立って、と言うように見つめてくる?の視線から逃れるようにして、俺は膝をつき体を起こした。


 ──どんな手を使っても良い。私からこの短剣を取り上げてごらん。


 俺の出し得る限りの速さと鬼道と剣術をもってしても、?は今まで呼吸一つ乱したことがない。
 後ろを取ったつもりがあっという間に背後に付かれ、放った鬼道は掠りもしない。剣術に至っては目も当てられないほどその差は歴然としていた。名を知らぬとは言え立派な斬魄刀を持つ俺が、玩具かと見紛うくらいの短剣にいとも容易く吹っ飛ばされている。

 ──こんなにも。
 こんなにも違うものなのか、隊を背負う人というのは。

「冬獅郎」
「…っ」

 まただ。俺が疲れてくると?はすぐ察知して、こうして瞬歩で寄ってきてくれる。気を遣わせるのも、こんなときですらその速さに対応出来ないのも悔しかった。


「…悔しい?」


 ぽつりと落とされた言葉に反射的に顔を上げると、?の真剣な眼差しに捉えられようやくそれが俺への問いかけだと気づく。


「…悔しい、」


 情けなくて視線を落として、赤くなった掌が目に入りさらに情けなくなってそれ以上何も言えなかった。

「それで良いの」

 労るような優しい声。再び顔を上げると声と同じ優しい目がふわりと微笑んだ。

「何度でも立ち上がることの出来る強さは、敵わない悔しさを知らない人には決して分からない」

 ?はふと、握っていた短剣から手を離した。

「な、」

 それが床に落ちることはなかった。落ちる前に、消えたからだ。消えた短剣はつむじ風となって、そこから現れたのは、


「玻空…」
「お、」


 玻空は俺を見て何かに気づいたかのように一言発すると、未だ状況が飲み込めないでいる俺の頭を思いっきり

「…って!何すんだてめぇ!」

 ──殴った。

「冬獅郎、お前縮んだだろ」
「ふざけんな縮んでねぇ」

 俺の反応に満足したのか、玻空はニヤリと笑うとさっさと向きを変えて?にしなだれかかった。

「…俺もう刀役飽きた。次?が刀やって、俺握り締めてやるから」

 玻空は子どもみたいに?の死覇装の襟を引っ張って甘えだした。

「刀役、って…」

 そう言うと、?が申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめんね。本当はあんな短剣最初から無かったの」

 さっきの悔しい気持ちに気づいて欲しかったから、実体を持たない玻空に頼んで敢えて斬魄刀ではなく短剣の姿をとってもらった、と説明して、ごめんなさい、と?は項垂れた。

「それだけのために、何で」

 こんなまわりくどい方法を。声にならなかった言葉を?は汲み取って言った。

「口で言って解ることじゃないから」

 ?は俺の掌に目を落とし、赤くなったそれを両手で挟んで擦った。

「でも、」

 仕上げとでも言うように、最後に俺の指先に唇を落として?は晴れやかに笑った。


「合格」


 ──敵わない。

 ?が笑いかけてくれた途端、すっかり肩の荷が降りたような気分になった自分は、本当にどうしようもない。盛大に溜め息をついて床に転がると?が楽しそうにクスクス肩を震わせた。

「休もうか。ちょっと待っててね」

 玻空と俺を残し、?は急ぎ足で試練場をあとにした。
 稽古も一区切りついたことだし、ようやく?とゆっくり過ごせるなどと考えていた俺は、早々に出ていった?に無意識のうちに不満気な顔をしていたらしい。玻空が寝転ぶ俺の隣に腰を下ろし、面白いものでも見つけたかのようにニヤリと笑った。

「寂しそうだな冬獅郎」
「…るせ」

 着流しの懐に腕を差し入れあぐらをかく玻空と、天井を仰ぐ俺。静寂に満ちた高い天井を震わせたのは玻空だった。

「…感謝しろよ。あいつがどんだけ苦労して稽古の時間つくってると思ってんだ」


 ──はっとした。
 

 ?は隊長だ。忙しくない筈がない。時折やって来る他隊の奴らや日に三度は見かけた地獄蝶、散らかりっぱなしの執務机。すぐにだって気づけたのに。罪悪感と自分の甘さが波のように押し寄せてきた。

「馬鹿、お前を責めてるんじゃねぇよ」

 玻空は晴れ晴れと空を見つめた。

「…あいつがあんなに楽しそうなの、久しぶりなんだ」

 穏やかな表情とは裏腹に、玻空の声音はどこか切なく響いた。

「お前が来るまで、俺を呼ぶことさえそんなに無かったし。やっと出してくれたと思ってもあんまり元気ねぇし」

 だからさ、と玻空は身を乗り出して俺を正面から覗き込んだ。


「?も俺も、冬獅郎がいて良かったって思ってる」



 普段の天の邪鬼はどこへ行ったのか、こんなときばかり真剣に見つめてくる玻空。照れ臭くて、俺は視線を外した。

「…そうかよ」
「そうだよ」

 ケラケラ笑いながらも、玻空は俺から目を逸らさない。


「早くなれよ、三席」
「…言われなくても」


 挑むような視線に俺も同じように返してやると、玻空は満足気に目を細めごろんと横になった。直後、試練場の入り口に愛しい人の霊圧。

「待たせてごめんね、お茶にしよう」

 盆に大量の大福を載せて戻ってきた?。勢い良く飛び起きて駆け寄る玻空。そんな二人を俺はこっそり笑顔で見守った。






(願わくば、ずっとこのままで)




 





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