Gift | ナノ
!『花雪』×『音楽少女』
前作の続編


「・・・・・・・・・」

無言。無声。無音。


何一つ音が無いその部屋に、彼女はいた。
烏の濡れ羽色、緑の黒髪。
そんな風に称される艶やかな黒髪を持つ女性、平和島名前はただただ携帯を耳に押し当てた状態で沈黙を貫いていた。

いつも通りの無表情で。

ただ此処で疑問点が浮上する。
彼女がいかに無表情で寡黙であっても携帯を耳に傾けていたら当然、それは電話をしていると誰もが思うだろう。
だが彼女は二時間も前からその状態を貫いていた。
勿論、通話が切れないように充電器を繋げたまま。

それは誰が見ても異様な光景である。


―――電話の向こうから彼女と同様、何一つ音が無かったらそれは尚更だ。



  ♂♀



『最近ストーカー被害が相次いでいますので、被害を受けている方がおられたらまず警察に相談をして―――』

「また事件、事件!
全くいつになったら平和になるんだろうねトキヤ?」
「無理でしょう、人間に感情というものがある限り、諍いがなくなるなんて考えられませんよ」
「だよねー・・・」

一歩街に出たら声や音の嵐。
綺麗な音もあるがその一方で不協和音と言っても過言でも無い音もある。

どちらかといえば後者の方がよく聴こえる為、トキヤも昴もあまり出たくないという気持ちが強い。


「・・・ストーカーと言えば、名前さんは大丈夫かな?」
「何がです?」
「いや名前さんって今一番有名で人気が高い女優さんでしょ?
この間テレビでも今一番忙しい女優ランキングで一位だったし、そんな名前さんが何かストーカーとか被害を受けていないかなと思って」

トキヤも自分も元秘密警察犬。
それも聴覚による鑑識能力を持つ。
それだけ聞けば凄いと持て囃されるのだが実際において日常生活において不便な事この上無い。

しかしそんな心の声を聞けない存在が一人いた。
平和島名前。
警察犬に嫌気がさし、何も考えずにトキヤと一緒に飛び出して。
行く先なんてなかった私達に衣食住を提供してくれた、とても酔狂な人。

そんな彼女が自分の知らないところで犯罪に巻き込まれていたら、なんて思うととても冷静ではいられない。

実際、本を読んでいた筈のトキヤの周りの空気が、とてつもなく、重くて暗い。

「・・・・・・と、トキヤ?」
「もしそんな輩がいたらある事無い事ネットに書き込んでやる」
「トキヤ顔!後敬語!キャラは大事にして!」

彼の相棒である赤髪の男が見たら目が点になるに違いない。
昴は思考の片隅でそう思いつつもトキヤを宥める。
しかしそんな昴の行動も名前によって無にされた。


「・・・ストーカーって主にどんな行動でそうみなされるの?」
「え?」
「そうですね、主に無言電話、付き纏い、隠し撮り、面会・交際要求、名誉損害等が挙げられますよ」
「そう」
「も、もしかして名前さん、」

此処で昴はある可能性に行き着いた。
頼む、ただの勘違いであってほしい。



「八時間無言電話に付き合っていたんだけど、これもストーカーに該当するのかな」
『・・・・・・・・・』


こてり、と小首を傾げた状態でそう告げられた言葉にトキヤと昴が声にならない声で絶叫した。



  ♂♀



「いつからですか!?電話番号を教えて下さい!知っている情報を全て!」
「トキヤ君顔が怖いよ」
「当たり前です私は貴女の為なら修羅になります」
(トキヤが壊れた)
「そう言ってくれるのは嬉しいけど私はいつものトキヤ君の方が好きだよ」
(そして通常運転でいられる名前さんが凄い。
この人平常心を狂わせる事あるの?
ていうか今さらっと告白してなかった?)

真っ直ぐな目でトキヤを見る名前はいつも通りだ。
とてもストーカー行為に悩まされているとは思えない。

・・・心の声が聞こえないと、こういう時に弊害が出るのかとまざまざと突きつけられるとは。


「・・・・・・トキヤ、大丈夫?」
「名前さんに殺される・・・!」

トキヤの黒髪から覗く白い耳が今は真っ赤だ。
名前の無自覚且つ率直な告白にトキヤは最早理性を飛ばす寸前である。
・・・多分自分がいなかったら名前は今頃色々大変だったのでは。

ぎゅうぎゅうと力強く抱きしめられる事になった名前はあまり事態を掴めていないらしい。
昴に助けを求めるように視線を向けられるがこうなったトキヤを止める事は出来無い。
変身したら出来るが今は昼間。
満月の夜じゃないと力を発揮できないのが悲しい。

「名前さんが可愛らしすぎて辛い。年下なのが憎い・・・!」
「トキヤ帰ってきて」
「こうしてはいられません。
不本意ですが、本当に不本意ですが音也と連絡を取ります」
「?」

音也。
その名前に名前の双眸が一瞬揺れるが昴とトキヤは気付かない。

「え、相棒に連絡するの?トキヤが?」
「なりふり構っていられませんからね」
「・・・という事はトキヤ君、警察に戻るの?」
「いえ、この件だけです。貴女は私にとって大切な人ですからね」

溢れんばかりの愛情を含めた目で名前を見る。
昴は警察犬時代からトキヤと共にいたが彼のこんな表情は初めて見る。
だからこそ分かる。
彼が一番大事にしている人だと、何を引換にしても彼女を選ぶのだろうと。

「・・・そっか。
ストーカーよりトキヤ君と昴さんがいなくなった時の事を考えるとそっちの方が私は怖いから、安心した」

滅多に表情筋を動かさない彼女がこの時確かに緩んだ。
微笑を浮かべた名前とその言葉にトキヤだけでなく昴も彼女に抱き着く。

そして二人は今まで以上のやる気により事件解決へと力を注いだのは―――言うまでもない。

  続・元秘密警察犬と女優の奇妙な共同生活
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大変お待たせしました七星様!
お誕生日おめでとうございます!
リクエスト通りに沿っているかは分かりませんが七星様に捧げます、お収め下さい。
勿論返品可能ですので!
去年はとてもお世話になりました、七星様にとって素敵な一年になる事をお祈り申し上げます。

20150111