浜に舟をつけると、スイは自力で転がり出て、陸に上げられたどじょうのように、砂上をのたくって移動した。
 砂浜の上に、点々と落ちる貝殻を簡単に見出だすことができた。夜明けの光を反射し輝く貝殻は、まるで何かの目印のようだった。
 散らばった小銭を拾い集めるように、スイは這いずりながら貝殻を掘り返した。ときどき、やどかりを起こしてしまったり、蟹をつついてしまったりして、大声を上げながらひっくり返っている。驚いているのかはしゃいでいるのか、落ち着きのないやつだ。コウは呆れながらスイの後をついて歩き、時折使えそうな貝殻を選んで拾った。
 砂だらけの着物でひとしきり這いずり回ると、スイは我が世の春とばかりに歯をむき出して笑い、両手いっぱいの貝殻をコウに差し出し見せびらかした。そんなに集めてどうするんだ、とコウは呆れたが、スイは聞いているのかいないのか、手のひらの貝殻をまるで銭の山のように愛でていた。
 川の底のよりきれい、とスイは桃色や若草色の貝殻をためつすがめつした。屑みたいな貝殻は、朝の光にきらきら輝き、たしかに尊い宝物のように思えた。においの良さは判別できないのに、もののきれいさは分かるんだな、とコウはスイを見直した。

――貝殻、姉さんにも分けてあげよう。
――姉がいるのか。
――本当の姉さんじゃないけど、優しくしてくれるの。お城の天辺に住んでるんだよ。
――城の天辺……って、人魚姫のことか?

スイの言葉を疑いつつも、コウは驚いて目を見張った。スイは冗談を言っている様子ではなく、夢見心地の表情で喋りつづけた。

――姉さん、皆に人魚姫って呼ばれてる。本当にお姫様みたいにきれいで、お日様みたいにきらきらしてる。大好き。ときどきこっそり降りてきて、会いに来てくれるの。
――隠し通路でもあるのか。
――分かんない。姉さん、あたしのことかわいがってくれる。この着物もくれたし、食べる物もくれる。姉さん貝殻知ってるかな。喜んでくれるかな。

 スイはうきうきと波打ち際で体を跳ねさせていたが、ふいにコウに向き直り、ありがとう、と満面の笑みで言った。

――ありがとうって、何が。
――貝殻のある場所まで連れてきてくれたから。
――ああ、別にいいよ、気まぐれだし。

 スイは重い両足を手で抱えこんで持ち上げ、コウに向けて下半身を露わにした。

――お礼だよ。
――お礼って……。

 コウはスイから目を逸らし、戸惑いを隠し切れず尋ねた。

――だから、お礼にただでやってもいいよ。

 スイは無邪気に誘っているのだった。コウは羞恥を呆れと交代させ、スイの足を元に戻した。

――いらないよ、お礼なんて。

 スイは困ったような顔をして、手近にあった棒切れをつかみ、コウに突き出した。

――じゃあ、これあげる。

 今度はぞんざいだな、と思いながら、コウはありがとうと受け取った。
 白くすべすべした流木だった。コウは貝殻を見たときののスイのように、流木をじろじろと面白く観察した。

――その枝、骨みたいできれいだね。

 スイの「きれい」の基準は不可解だ、とコウは肩をすくめた。


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