つねに磨き上げられているかのように、城の屋根は貝殻の内側の色みたいに光っている。その立派な屋根の下、豪華に飾り立てられた広い部屋に住まう女を、コウは思った。城にいるあまたの女の頂点に立つ女とは、いったいどういう者なのだろう。コウはまた、巷で耳にしたことを思い起こした。
 城に君臨するその女は、人魚姫と呼ばれていた。
 人魚について、この土地には昔から言い伝えがある。特にコウたち漁師の間で囁かれるもので、皆半分は物騒だと受け流しながらも、半分はひそかに恐ろしく思っている。
 言い伝えというのは、こうだ。ここらの川や海には魚の姿をした女が棲んでいる。彼女は荒れた日や霧の深い夜には水の底から上がってきて、この世のものとは思えない美貌と美声で人を惑わし、水底の世界へ連れ去ってしまうのだという。
 きれいな人と一緒に行けるならいいんじゃないのか。祖父に話を聞いた時、コウは子供らしからぬ生意気さで、そう言い返した。すると祖父はコウの頭を小突きながら言った。人魚は体ごと連れていくんじゃなくて、魂(たま)だけ奪っていくんだ。魂を奪われた人間は、生きながら死んだようになる。
 コウはそれを聞いてなるほどと思ったが、なぜか恐ろしいとは感じなかった。
 世間の人たちもコウのように、人魚のことを恐ろしいというより魅力的だと思っているようだ。遊女につけられた人魚姫という名は、揶揄ではなく称賛なのだった。人魚のように、男を惑わすほどの美貌と美声を持つ女。
 噂からはいくらでも人魚姫のことを推し測ることができた。見たこともないほど美しい顔や肉体、聞いたこともないほど現実離れした華麗な歌声、泳ぐ魚のようにしなやかで優美な舞。
 実際はどうなのだろうとコウは考える。人魚姫なんて言われてもてはやされているが、本当はたいしたことはないのではないか。客がたくさんついているには違いないが、伝説になぞらえた修辞はふさわしくないのではないか。ひねくれ者のコウは、そう意地悪く邪推してしまう。
 城の天辺を見上げ、見たこともない人魚姫のことを考えていたはずなのに、いつしかコウの頭には、明け方に出会った川のほとりの少女がよぎるのだった。
 あの子はたしか城のふもとにいた。あの周りには有象無象が集まってきては、たびたび見張りに追い払われているのをコウは目にしている。体のいろんな部分が不自由な者や、借金まみれの奴らが浮浪し、城を訪れる人々に物乞いをしているのだ。ほとりの少女も、そのうちの一人なのだろう。
 取るに足りない浮浪者だと分かっているのに、ほとりの少女のあの稚気じみた笑顔が、なぜかコウの頭を離れなかった。自分でもどうしてあの少女のことが気になるのかと、コウは首をひねった。遠い空の上にいる人魚姫より、川のほとりで這いつくばっている少女の方が、コウにとってはよほど人魚だと思えるのだった。



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