15(終)

――……ヒメ?

 川べりの砂利の上に横たえられたコウが初めに目にしたものは、ヒメではなくスイの間抜けな笑顔だった。意識を取り戻したコウに喜び、スイはいつものように不自由な足を引きずりはしゃぎ回った。

――お前が助けてくれたのか?

 重たい体をやっとのことで起こし、コウが尋ねると、スイは首を勢い良く縦に振った。ずるずると海獣のように体を引きずり、水のように澄んだ目でコウを覗きこむ。

――お前、そんな足でも泳げるんだな。

 コウが感心して言うと、スイは

――泳ぐのは得意だよ。

 と自慢げに胸を張った。

――それ、姉さんの骨?

 スイが指差し尋ねたのは、コウが握りしめていた流木のかけらだった。突き落とされる前に持っていたのを、水の中でも落とさないでいたのだった。
 コウは否定しようとして、やめた。たしかにこれはヒメが残した物だったからだ。

――あたしも姉さんの物、拾ったよ。この着物。

 スイは、ヒメが入水したときに着ていたという、美しい紅の着物を無造作に羽織っていた。袖も裾も余っておりみっともなかったが、縁日の金魚のように蠱惑的でもあった。

――人魚姫の死体を見つけたのか?
――ううん。姉さんの体は無かった。姉さんは泡になってしまったの。水に還ったの。
――姉さんがいなくなったのに、お前はここを去らないのか?

 コウが尋ねると、スイはあの幼気な笑顔を見せて答えた。

――あたしはずっとここにいるよ。ずっとここで待ってるよ。



 深い霧の中へ、緩やかに舟を出す。
 灯りはコウの舟の舳先以外、一つも無い。もうこの街から漁に出る者はいなくなってしまった。
 それでもコウは灯りを見つける。舟ではなく、川のほとりにたった一つ灯っている。
 コウはいつでもその灯りを見つけることができる。灯りはいつでもそこにある。
 岸に舟を寄せると、派手な音を立てて灯りの主である幼い人魚がコウの舟に乗りこんでくる。
 二人はまだ夜の明けない海へ漕ぎ出していく。



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