はじめはただ一つの目覚まし時計だった。

彼女の部屋には何もなかった。
なにもないその部屋の真ん中に、彼女は目覚まし時計を置いた。
白くて丸い目覚まし時計だった。
時計は毎日同じ時間に鳴り、
誰かか手を触れるまで、さんざん鈴の音を響かせるのだった。

最初のうち、彼女は部屋の真ん中に自分の好きなものを置いていった。
時計の周りに、
お気に入りの文庫本や、古びたラジオ、洒落た赤い帽子や、チョコレートなどを
並べていった。

さらにその周りには、人から貰った物を積み上げていった。
アンティーク調のインテリア、ブランド物のバッグ、手紙や賞状……
それらは自分では使わないようなものばかりだったが、一つ一つに彼女の思い出が詰まっていて、とても捨てられないものだった。

彼女は眠るとき、その物の山の中に潜り込んで眠った。
彼女の小さな体はたくさんのものに埋もれて見えなかったが、
毎日決まった時間に鳴る目覚まし時計を止める気配が、その存在を示していた。

彼女はさらにその周りを、古物市やゴミ捨て場から集めてきたガラクタで覆った。
壊れたアンテナ、綺麗な布の端切れ、くりぬかれたテレビ画面、半分ほど残っている絵の具のチューブ、知らない誰かのアルバム写真、烏の羽根、店じまいした喫茶店の看板……
それらの物は一見無秩序だったが、そのすべてが彼女を構成する一要素なのだと、君にはわかっただろう。
言うなれば、彼女は彼女の外に散らばった自分の欠片を拾い集めていたのかもしれなかった。

彼女の部屋というこの、四角く白い箱は、彼女の心そのものです。
中心で心の臓が鳴る。毎日決まった時間に、リリリンと。
物を一通り集め終えると、彼女はその中に入ったきり、出てこなくなった。
彼女がいるのは心臓の裏側。
君は毎朝一度、目覚ましを止める音で、彼女がまだそこにいることを知るだろう。
そして君は、彼女が再びその繭から出てくるのを待っている。








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