顔に似合わずお人好しという性分をお持ちのトラファルガー・ローさんに捨て犬が如く拾われてから3日目の夜。私は非常に困った事態に陥っていた。 『アンタ一体誰!?ローに替わりなさいよッ、アンタなんかに用はないわ!』 「すいません…ええと、どちら様でしょうか…?」 『ハァ!?何でアンタなんかに名乗らなきゃいけないの!?』 「すいません…ローさん今外出中で…。帰ってきたらかけ直すように言っておきますので…」 『かけ直すように言うですって!?アンタ一体ローとどういう関係よッ!』 「えーと…同居人、といいますか(ひーん!ローさんたすけてー)」 『何ですって!!?』 それから電話口で罵詈雑言を浴びせられること20分。途中からだんだん疲れてきたらしい女性の声色は涙交じりに弱弱しくなっていき、黙って聞いていた私はそこでようやく「大丈夫…ですか?」と声をかけた。すると女性はわっと泣き出してしまう。 『何よ、あ、あんた…っ』 「いや…何と言われましても」 『あんた、なんかに優しっ、優しくされて も嬉しくないわ!』 「すいません」 『あ、謝んじゃないわよ!………わるいの、わたし、なんだから』 「…あなた、さてはいい人ですね?」 『っハァ?ばかにしてんじゃ、ないわっ』 「自分の非を認められる人が、悪い人なわけがありませんもの」 『…』 この人がローさんをどれだけ好きかよくわかった。怒鳴り散らされた言葉の節々に感じたのは嫉妬の念だったけど、それだってきっと私にぶつけたかったわけじゃないはずだ。 『……でんわ、とったの…あなたでよかったわ』 「え?」 『きっと彼が出たら、もっと、酷い事言ってたもの…わたし』 女の人は少し沈黙して、蚊の鳴くような細い声で「ありがとう」と告げたから、私は驚いてしまった。 「そ、んな…っお礼言われることなんて」 『彼の中で私が"嫌な女"で終わらなかったお礼よ。受け取って頂戴…それじゃあね』 「えっ、ちょっと待ってください。お名前をっ」 『……――やっぱりいいわ』 「いいって…」 『いいの。あなたと話して、何か吹っ切れちゃったみたい…変ね』 「…そんな」 『あ…彼に伝えておいて頂戴』 私は気構えして、女の人の言葉に耳を傾けた。ほんの少し笑いを含んだ子が耳元で囁く。 『こんな真っ白い子、あなたには似合わないわ。―――ってね』 「は、はあ…」 『じゃあ、さようなら』 「あっ」 切れちゃった。受話器を見つめた私は、名も知れぬ、顔も知れぬ女性の最後の言葉について深く考えながら、ローさんが帰ってくるのをただ待っていたのだった。 *** 「すいません、ええと、どちら様でしょうか…?」もうだいぶ聞きなれた声が部屋の中から聞こえ、ローは足を止めた。 話の流れからすると、相手は女で、しかも自分絡みのそれと分かる。すっかり困り切ったなまえの返答を聞いているのはそれなりに楽しかったが、そろそろ助けてやるかとローはドアノブに手をかけた。 「大丈夫ですか…?」始めは何を言ってんだと耳を疑ったが、そうだった、こいつはそういう奴だったのだ。 そこからはみるみるうちに流れが変わり、終いには礼まで言われている様子。 「あれ、キャプテン?帰ってたんだ」 「…ああ」 「どうしたの?部屋の前でぼーっとして」 「いや。…何でもねぇ」 今度こそドアノブを回して中に入る。なまえが待ってましたと言わんばかりにこちらに駆け寄ってきたので、俺は一瞬怒鳴り散らされるかと思った。 「ローさん!今…あー、と」 「?」 「す、素敵なお姉さんから電話がありましたよ!」 「何だそりゃ」 「そして伝言を受け取りました。『こんな真っ白い子あなたには似合わないわ』だそうです。それじゃ!」 「オイ待てどこ行くつもりだ」 「え?…そりゃ、邪魔者は空気を読んでどこかへ」 「何故」 「な、なぜ?ふ…二人の通話の妨げになりたくないからですよ!」 当たり前じゃないかと顔で訴えてくるなまえ。 こいつ、何を勘違いしてんだ。 「その伝言…合言葉でしょう?二人だけの」 「……は?」 「は?って…えええ!?違うんですか?でも、この前やってた昼ドラでは、愛人が何も知らぬ本妻に電話で二人だけの合言葉を」「そんなもんと一緒にすんなバカ」 ぶうっとむくれたなまえはローに尋ねた。 「なら一体どういう意味なんですか?」 「……そんなに知りてェなら、教えてやらない事もないが」 「?」 「後悔、するなよ?」 ローはなまえの右腕を取って引き寄せると、なまえの顎を指ですくって上を向かせた。正に瞬き一つする間の出来事である。ぱちくりと目を瞬かせたなまえは不思議そうにローを見上げる。 「…ローさん」 「、」 そして不意に、その手のひらがローの両頬を包んだ。今度驚きに目を見開くのはローの方だ。なまえは背伸びをしてローに顔を近づけると急に眉をしかめた。 「また隈が濃くなってませんか」 「…は?」 「隈ですよ、くーま。…また何か心配事でもあるんですか?」 ローは脱力感からくずおれそうになるのを寸前でこらえた。こいつは空気をよむとか、赤面するとか、できねぇのか。そういう乙女的な反応をこいつに求めることがそもそもの間違いなのか…? ローはふらりとなまえから離れて、ベットに腰かけた。 「ろ、ローさん。…大丈夫ですか?」 「まただ…」 「へ?」 「お前は人の心配ばかりして…少しは自分の心配してみろ」今だって何の警戒もなしに俺に近付いて来たな。ここが俺の部屋でベットの傍だと知っていながら。 「うぉあ…!」 「…少しはその気になれ」 今度こそ、となまえの腕を引っ張ってベットに連れ込む。呆気なくローの腕の中に落ち着いたなまえはもぞもぞと身動きを取ると、やがて動かなくなった。 ―――俺は激しく後悔している。 ここは抱きしめる、ではなく押し倒せばよかったんだ。この後こいつは間違いなく言うだろう。 「…確かに。私も最近寝不足でした」 ほらな 「私の部屋広すぎて、落ち着かないんです」 「…へえ」 もうどうにでもなれ 「だから、ローさん」 「…あ?」 「一緒にお昼寝しましょうか」 浄化されかける可哀想な詐欺師 にこり、微笑みつきで言われれば、腕の中のぬくい存在を襲うことに、俺は少しためらいを感じてしまうわけで。 (結局この時間になるまで二人で寝こけてたと?何やってんすかボス)(煩ぇ) ← → ×
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