――やられた。まんまと、ハメられた。電柱を背に項垂れた私は、そのままズルズルと地面に座り込んだ。幸い今はジーパンなのでパンツが見えるだとかそう言った心配は無用だ。というか、今の私にそんな心配している余裕は一切ない。事の発端は……思い出したくもない。簡潔にお話しすると詐欺に遭った。通帳に溜めこんであったお金は勿論、手持ちもゼロ。部屋も追い立てられてしまった。 「これから、どうしよ…」 冗談抜きでヤバい。借金取りに追われるには至らないだろうけど住む場所も生活費も無くてどうやって生きていけというんだ…。 頭を抱えるなまえの前で、黒い靴がピタリと止まった。こんなとこに座り込んでいる私を見て不審に思ったのだろうか。ゆるゆる視線を上げる。カジュアルなズボン、白いシャツに黒のジャケット。更に視線を持ちあげると、気だるげに見下ろす目とかちあった。 「何やってんだ、アンタ」 小首をかしげながら男は尋ねた。 「こんな所でこんな時間に…通報されちまうぞ」 「…お気になさらず」 「へえ」 なまえと同じ高さまでかがんだ男はニヤリと笑っていたが、目先だけはなまえを射抜くように鋭く研ぎ澄まされていた。電柱の蛍光灯の薄明かりに、男のピアスが光る。 「さてはお前…―――帰る家がねぇな」 「!!」 「その顔は図星か」 「なっ、何で、そんなこと」 「簡単だ」 男は刺青の施された人差し指を一本立てる。 「ひとつ、最近ここらで流行ってる振り込み詐欺の相談事務所から出てくるところを昼間偶然見たから。ふたつ、その時の顔が絶望的だったから。みっつ、アンタ…さっき通帳落としたぞ」 「ぎゃー」 私は男の手から(残金2桁の)通帳をひったくるようにして奪い、隈で縁取られた目を睨みつけた。数秒間だけ。その対象が彼でない事は分かっていたし、落し物を拾ってくれたわけだから本来ありがたがる所だ。こんなものでも。 「どうも…でした」 「そうそう、素直が一番だ…ところで、名前は」 「え?」 「名前、教えろ」 なぜ命令口調なのか気になるところだが、聞いても答えてくれる気配はなく、また拒否権もなさそうだったので大人しく口を開いた。 「#name2#なまえです」 「そうか…俺はロー。トラファルガー・ローだ」 「はあ」 蛍光電気の下、座り込む私としゃがんでいる妙な男。他人から見たこの構図を思い描いて、やっぱり「はあ」と曖昧な返事を返すことしかできない。というか、何で自己紹介?素朴な疑問はすぐに明かされた。 「俺の家に来い」 「…は?」 「暫くうちで預かってやるって言ってるんだ」 立ち上がりつつ告げられた言葉の意味を噛み砕いて脳に送り、ようやく理解した時にはバッと同じく立ち上がって首をブンブン横に振っていた。 「結構です!遠慮します!今会ったばかりの人にお世話になるわけにはいきませんっ」 「何かの縁だろ…甘えとけ」 「そういうわけには」 「だが断ったらお前、今日は確実に野宿だぞ」 「うっ…でも」 「安心しろ。手ェ出す程の色気はお前に無い」 「し、失敬な!」 私の反論に喉を震わせて笑うと彼はさっさと歩き始めてしまった。その背中が「付いて来い」と言っているのは分かる。でも、だけど、 「悪いとか考えるな。困った時はお互い様だろ」 彼の言葉によって今まで固めてきた心がやわらかく溶けだした気がした。古き良き日本人の人情がこんなところにっ…!ほろりと涙を零しかけた私に向かって彼は小さく笑って見せた。 「返事は」 「…はい!とりあえず一晩だけ、宜しくお願い致します!」 明日の事は明日考えよう。イッツポジティブジンキング!見た目で人を判断するのはよくないと自分に言い聞かせて、私は彼の背中にそっとお礼を呟いた。 ::: 「俺だ」 『ああ、ボス?ベポだけど』 「どうした」 『キャプテン…じゃない、ボスに任務完了の報告しといてってキャスが』 「そうか、ご苦労だったな」 『あの子どうしてる?大家も買収したから家追い出されちゃったはずなんだけど』 「俺が引き取った」 『えええ!もう!?』 「早いに越した事はねぇだろ。それにもし身売りでもされたら元も子も無い」 『確かにそうだね!…これからどうするの?』 ローの口元がニヤリと上ずる。 ベットの上ですやすやと寝息を立てているなまえの脇に屈み、唇を撫でると少し身が捩られた。可愛らしいことだ。自分が今一体どんな状況にあるのかも知らねぇで。 「ゆっくり、時間をかけてやるさ」 詐欺師の恋の駆け引き ← → ×
|