「ちょっと待て。お前、何を勘違いしてるんだ」
「別に何も」
「…おい」
「さようなら」

華奢な背中が離れていく。僕がどんなに名前を呼んでも、僕がどんなに手を伸ばしても、届かない。僕は焦って彼女の名前を呼ぶ。呼ぶ。呼んだ。






「Happy New Year」
「………、!」
「あんまりいい夢じゃなさそうだな。ドラコ」

目の前で嫌な笑みを浮かべているルームメイトのザビニ。
肩で息をして、辺りを見回し、やがて頭を抱えた僕を面白そうに見つめている。

「なまえ」
「!」
「って誰だ?何度も呼んでたけど」
「…さあね」
「スリザリンにそんな名前の女はいないよな。グリフィンドールにはいるけど」
「…」
「東洋人の小さいの。まあ俺好みじゃないけど中々美人な」
「黙れ、ザビニ」
「……やっぱりな。行こうぜドラコ」
「どこへだ」

不機嫌に尋ねるドラコのベッドから離れたザビニは「面白い物が見れる」と先に部屋を出て行ってしまった。
再び静まり返った部屋に、ドラコのためいきが響く。

(今のが初夢か……。最悪だ)
早くあの笑顔に癒されたい。
ドラコはぼんやり思いながらベッドから抜け、着替えを始めた。


***


ドラコが談話室に下りるとソファの周りに人だかりができているのが見えた。何だ、朝から騒々しい。
下りてきたドラコに気付いたザビニもまた、その人だかりの中にいた。

「お、来た来た。ドラコー」
「?」
「おまえに客だぞ」
「客?…一体何の」

ピシリ。人だかりに近付いたドラコはソファに腰かけてる人物を目にして固まった。

「…ど、らこ、くん」

真っ青な顔。瞳に張った涙の膜。弱弱しいかすれた声で、助けを求めるように自分を呼ばわる彼女にドラコはものすごく面識があった。

「なまえ!」

ドラコは人だかりを蹴散らしながら彼女に走り寄った。
ぼろぼろっ、
伸ばされた手をドラコに握られた瞬間、なまえの目から大粒の涙が転がり落ちた。

「おい、お前ら!こいつに何したんだ!」
「べっべつに何もしてねぇよ!」
「ど、ら…っえぐ、どらこ、どらこく、ん、ひっ」
「じゃあ何だ!何でこいつはこんなに泣いてる!」
「知らないわっ、その子うちの寮の前に座ってたのよ」

凄い剣幕で怒鳴るドラコに、周りにいた生徒達は慌てて言った。
ドラコが更に何かを言おうとした時、立ち上がったなまえがドラコの首に抱き着いた。身長差ゆえにドラコはやや膝を曲げてそれに応える。しかし頭は疑問でいっぱいだ。


こいつらが何かしたんじゃないなら何故なまえが泣いてるんだ。そもそもなまえはどうしてスリザリンの寮に入ってきたんだ。

「お前に会いたい、早く会いたいって泣きそうだったから入れたんだ」
「……なまえ?」
「、ど、らこく…ん」

よかった
いきてて

掠れかけたその言葉を聞いた時ドラコの頭はようやく事態を理解した。
「大丈夫だ」
なまえを抱え上げたドラコは苦笑交じりにそう言い、さっさと談話室を後にした。
後に残ったザビニ達は数秒間を空けて爆発したパンジーの気を鎮めるのに一生懸命になった。





「悪い夢を見たんだろ。なまえ」
怪談に腰かけた二人。こくこくと何度も上下するなまえの頭を撫でながら、ドラコは溜息を吐いた。
「僕も嫌な夢を見た」
「…わたしが死ぬ、夢?」
「違う。…ただの嫌な夢だ」
「わ、たし…だいじょぶって、わかってた、けど…心配で」
「ああ」
「ごめんなさい…」

項垂れてそう言うなまえの目尻にたまった涙を拭った。二人揃って初夢は最悪だったらしい。

「付き合ってるの、内緒だったのに…わたし」
「外野が煩くなるだけだろ。平気だ。それに」

グリフィンドールのなまえがあそこまで来るのはさぞ勇気がいったろう。
それでも僕を心配してきてくれた。
初夢はあまりいい物ではなかったけど、僕の心はさっきほど沈んではいなかった。


「新年早々、君に会えた」
「!」
「悪夢でも…見なけりゃこんな早くに会えなかった。
そう思えば、まあ…許せると思わないか?」

なまえは目をぱちくりさせてドラコを見る。ドラコはあまりに自分らしくない事を言った、と込み上げてきた恥ずかしさを軽減させるために付け加えたが、それでもやはり照れが拭い切れない。

「…そうだね」

そうだ。
僕が見たかったのはこの笑顔。

「ドラコくんの考え方、わたし、やっぱり好きだなぁ」


初夢は悪夢?
僕はそんな君が好きだけどね。

魔法:ドラコ・マルフォイ
 
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