「あっつ…」



 気温三二度。上からは八月の太陽が容赦なく照りつけ、下からはその太陽の熱をしっかり浴びている砂の熱気が、じわじわと押し寄せる。幸い、パラソルの傘下にいる俺は直射日光を避けられてはいる。一応な。
 つぅかおかしい。そもそも今日は午前中の総悟との巡察で仕事は終わり、午後からは久しぶりの休みだったはず。それが今はどうだ。何故この俺が炎天下の中、荷物番をさせられているのか。
 ことの発端は二十分前。たまたま巡察で海の近くを通りかかったとき。



『やあやあマヨラーくんではないか』



 運も悪く俺は万事屋ご一行と出くわし、それだけならまだしも、どこぞのチャイナ娘が荷物番とか妙なこと言い出しやがって今に至る。総悟の野郎はどこから出したのか水着とか持ってやがってあいつらと楽しんでやがるし。


(業務妨害で全員ブタ箱ぶちこんでやろうかクソ。)


 本当なら今頃クーラーの効いた涼しい部屋で昼寝でもしていただろうに、それを考えると悪態を吐き捨てられずにはいられなかった。
 だいたい何故、海の近くまで巡察に行ったのか。総悟だ。あいつが急に海に行きたいだの言い出すから管轄外ではあるが、わざわざこっちまでやって来たって言うのに。



「……まさかな」



 一番最悪なパターンが脳裏に過り、まさかと思いつつも総悟たちの方へ視線を向けると、どこかの甘酸っぱい青春を浮かばせるかのように総悟とチャイナ娘が手を繋いでいるところを目撃してしまい。
 ありえねぇ。
 あいつらの恋愛のために俺をダシにしたってことか。癪に障るったらありゃしねぇ。



「おめめが怖いですよぅ」
「今すぐそのふざけた口調やめねぇと斬る」



 声色だけでその人物が誰だかわかり、視線を上げることなく言葉だけを返すと、冗談だと苦笑を漏らしながら万事屋は反対の椅子へ腰をおろした。



「悪いな、勝手に付き合わせて」
「ほう、知ってたのか」
「知ってましたごめんなさい腰のもんしまってください」



 本当にありえない。
 万事屋まで知ってたとかなんで俺だけダシ抜かれてんだよ。総悟と小娘の計画に乗せられたことも気に食わなかったが、こいつに一枚食わされたたってことが一番気に入らなかったのだ。



「そんなぶすっとするなって、詫びってのもなんだけどまあこれでも食って機嫌直してよ」



 そう言われ、遠くで遊んでいるあいつらから視線を外しテーブルの上に向けると、かき氷がひとつ、目の前に置かれていた。紙コップよりふたまわりほど大きなカップにぎっしりと積もる氷の山はイチゴ味であろう色で染まっていて、その上からこれでもかと言うぐらいの練乳がかけられている。なんとも子ども、いや、甘党な目の前の男が喜びそうなかき氷だった。

(いやこれ完全におまえ好みだろ)


「……三十路前の男が食うものか」
「三十路前の男が甘いもん食っちゃだめだって言う法律でもあんの?」



 万事屋にしては珍しい理屈っぽい返答がきたため、一瞬狼狽えてしまうが、そんなことも束の間。目の前にストローで作られたスプーンを差し出された。先にはすくいとられたばかりの氷が少し山になっている。
 万事屋の言わんとやろうとしていることはすぐに理解ができた。が、こんな公の場でいい歳こいた大人の男どうしがそんなやり取りをしていて、果たしてそれは世間の目にどう映るのか。答えはひとつだ。



「……いらねぇ」
「なぁに照れちゃってんの」
「照れてねぇ黙れ! 人前でそんなことできるか」
「誰も見てねーよビキニのムチムチねーちゃんならともかく男のツーショットなんてむさ苦しくて誰もみやしねーよ」
「むさ苦しいって、てめぇがこっちに来たんだろ!」
「いいから、食ってみなっせ」



 俺がどんなに拒もうとも、言葉の隙を見つけてはすいすいと理由をつけていき。結局はこいつの口車に乗せられるのが最後なのはいつものことだ。
 いつも死んだ魚のような目をしてるくせに、こう言うときに限って俺の反応を見て楽しんでいる目が相変わらずむかつく。

 暑さに限界がきた氷の山は、ぽたりと滴を落とし、イチゴの香りが微かに漂う。
 ストローと万事屋を何度か交互に見詰め、敗北の溜め息を漏らし、かき氷の山を口へ含んだ。口の中で広がるイチゴ味に後からほんのりくる練乳の味。意外にも、口の中がカラカラだったようで、氷はあっという間に喉を通りすぎていった。
 食べ終えてから万事屋に目をやると、言葉にはしないが、今の氷の味がどうだったか問いたいような顔をしていて。完全に俺は言葉を詰まらせた。
 日頃から万事屋の舌バカ具合は理解に苦しんでいたところだった。考えてみてほしい。チョコレートケーキの上に大量のホイップクリームとカスタードクリームがのっているケーキを。チョコレートケーキの味もわからなくなるわおまけにホイップクリームとカスタードクリームの美味しさも壊滅状態に陥るわで美味さの欠片もなくなる。だがこいつはそこへさらに黒蜜とかシロップまでかけて食おうとする男で。甘党もいいところである。
 そして、そんな甘党を否定している自分が今まさに、もう一度このかき氷を欲しているなど言えるわけもなかった。
 しかし、渇いている喉はすっかり次を待っていて。



「ん? もう一回食う? ほれ口開けてみ、あーん」
「自分で食えるっつってんだろボケ…!」



 もう一度、あの恥ずかしい行為を繰り返そうとする万事屋の手からスプーンを取り上げ、かき氷を口へ放り込んだ。
 口の中の温度は一気に下がり、キンと頭痛が走る。
 言い様のない痛みに唸り声を上げながら耐えていると、不意にぽんと頭を撫でられた。驚きからちらりと万事屋に目をやると、満足気な表情を浮かべながら「ばーか」なんて言いやがるから、敗北の気分と苛立ちから、残っていたかき氷を全て喉に流し込んだ。


(この痛みがおさまったら斬ってやる――!)



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ポケットの中身。さんが10000打を迎え、しかもなんとなんと、恐れ多くも10000打を踏ませていただきましたので!日頃のお礼の気持ちなども込めて勝手に書かせていただきました笑
改めておめでとうございます!

2012.4.26