蝉安

もう随分と昔のことになる。幼心に疑問視したそれは、心身共に成長した今となっては他愛もない戯れ言に過ぎないけれど、余程印象強かったのか、毎年この時期になると自然と思い出される。現に今だって、何処からともなく流れてきた軽快な音楽によって、そのことを思い出したのだ。――俗にサンタクロースと呼ばれる彼等は、何故赤い服を着ているのだろうか、という疑問を。

実弟に『考察魔』と称される程の考察癖を持つ自分の性癖のことはよく理解しているし、実に的を得たあだ名だとも思う。それでも、サンタクロースというその存在そのものに疑問を抱かなかった辺り、未だ子供だったのだろう。今となっては、服の色よりも実在するか否かの方が余程考察のしがいがあるように感じる。抑、サンタクロースの着ている服などに着目しないだろう。そう考えると、子供の視点というのは着眼点が少しずれていて、存外面白いかもしれない。そういえば、炭酸について考察したこともあったっけ、あれも中々に下らない事柄だった――、そこまで思考を巡らせてから、その下らない考察のお陰で腹話術の存在に気付いたのではなかったか、と気付く。どうやら、人生に無駄なことなどないらしい。

「安藤!」

人知れず納得していると、久しく聞いていなかった、然しよく耳に馴染んだ声が聞こえた。久し振りだからだろうか、鼓動がやけに激しいのは。
誤魔化すように駆け寄ってきた待ち人に声を掛けるも、少々声が上ずってしまった。

「お久し振りです、蝉さん。今日も仕事……ああ、有ったんですね」

彼が近くに来たことで漂ってきた匂いに、投げ掛けようとした言葉を途中で変える。嗅ぎ慣れてしまったそれは、俺の中ではもうすっかり彼の香りとして定着してしまった。

「岩西の野郎は金の亡者だからな。…ってか、未だ匂うか?ちくしょ、洗い流しただけじゃ消えなかったか…」

確かめるように腕やら髪やら自分の体躯の匂いを嗅ぎながら、彼が忌々しげに呟いた言葉に胸が温かくなる。流石にプロを名乗るだけあって、彼のその仕事方法は実に鮮やかなものだ。返り血を浴びることなく、且つ迅速に行われるので、厳密にいえばそれ程匂いが染み付いているわけではない。しかし、血の独特の匂いと生臭さというものはどうしても残ってしまう。だからなのか、二人で会うときはこうしてシャワーを浴びてきて、それらを消し取ることは難しくても、最小限に抑えてから来てくれる。
この人の、そんな些細な気遣いがとてつもなく嬉しい。








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クリスマスに書こうと思ったやつの残骸


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