*臨也×正臣




何をするでもなく、ぼんやりと只窓を眺めて居た少年は、背後から聞こえたがちゃりと云うドアの開閉音に、その硝子玉の様な大きな瞳から景色を写すことを止めた。変わりに、今しがた室内に入って来た人物を写し出す。然しそれも一瞬のことで、また直ぐに窓へと戻される視線に、室内に入って来た人物――折原臨也は、苦々しい表情をその端整な顔に浮かべた。

「君は、何がしたいわけ」

問い掛けに答えはない。少年は彼の言葉等聞こえていないかの様に、只只窓を眺めるばかりである。無論、その少年は五体不満足なわけでも、障害を持って居るわけでもない。聴覚は有るし、口だって利ける。それでも矢張り、依然として彼からの返事はなかった。

「黙っていちゃ解らないだろう。一体、如何して、何の為に、君は此処に引き籠もって居て、誰とも喋らずに、動くことすらしないで、そうやって外ばかり眺めて居るんだい? 不愉快、不愉快だよ。何か行動を起こしてこそ人間は面白いのにさ。最低だよほんと。人間の無限とも云える可能性を自ら踏み躙るなんてさ。只呼吸することしかしないなんて。そんなの、人間とは呼ばない。俺は認めないよ。それは人間なんて崇高なものじゃない。君は只の――」
「――人形、でしょう」

感情に任せて心情を素直に吐き出せば、決して返って来ることはないだろうと確信していたその薄い唇から予想外の、然し続けようとしていた言葉が正確に紡がれて、思わず瞠目する。そんな彼の様子に気付いて居るのか居ないのか、何処か遠くを見詰めながら「俺ね、」と静かに語り始める少年の目線は、矢張り先程と何等変わらず、窓に向けられたままだった。

「思ったんです。人間は如何したら人間を辞められるんだろうって。そもそも、『人間』なんて定義が曖昧じゃないですか。二足歩行で言語を喋って理解して道具を使って――、嗚呼、人類と猿の違いは火を使うか使わないかでしたっけ、だからまあ火を使うってのも加えるとして、だとしても精々それっぽっちですよ。ていうか、人間が人間たる所以とかきちんと説明出来る人間なんて居るんですかね。少なくとも俺には無理です。出来ません。最も、する心算なんて毛頭ないですけど」
「…何が言いたいのかさっぱり解らないんだけど」
「まあ、そうでしょうね。…話を戻しますけど、人間なんて曖昧なものを辞める為には、取り敢えずその意識を無くしちゃえば良いと思ったわけですよ。自分が、或いは相手が人間だと云う意識。まあ、人間らしさって奴ですかね。その人間らしさを取り除いたら、辞められるかどうかは別として、遠ざかることは出来るんじゃあないかと」

少年の口から吐き出されるそれ等は、一切の感情も込められていない、只の言葉の羅列だった。そして、その羅列を淡々とした調子で紡ぐ少年は、差し詰め機械と云った所だろう。童顔だが整っている少年の顔の造りが、その印象に拍車を掛けている。
そんな彼の端整な顔を見詰めていると、目前に居るのは本当に人形なのではないかと云う考えが頭を過って、それを霧散させる為に、わざと冷やかす様な声を掛ける。

「君って人間嫌いだったっけ?」
「特には。どちらでもないです」
「じゃあ、なんでさ。如何して君は、人間を辞めるなんて、そんな馬鹿馬鹿しいことを宣うんだい?」

問い掛けた言葉に、漸く此方へと向き直った少年の顔は、背筋が凍る程無表情だった。否、厳密に云えば、それは無表情ではない。そう現すにはあまりにも感情がなさ過ぎたからだ。それは――、人間から感情そのものがそっくりそのまま抜け落ちたような、そんな顔であった。

奔る悪寒に気付かない振りをして、あくまで常の飄々とした態度を崩すことなく接する男の、何と滑稽なことか。少年は、能面のそれに文字通り笑みを張り付けて、言った。声帯を震わせ、自らの声として発したそれは、人間として紡がれた、確かな彼の――紀田正臣の言葉だった。
その言葉を聞いた折原の表情を最後に、紀田は人間としてそれを写すことを辞めた。代わりに、その絶望を抱えた男を写すのは、少年の、濁った黄色い硝子の瞳。










「――何故かって?





貴方の愛など要らないからです







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