*歪アリパロ(臨帝)




ふわふわと浮かぶ意識の中、誰かに呼ばれた様な気がして瞼を開けた僕の視界に映ったのは、胡散臭い程爽やかな笑顔だった。

(…だれ、)

寝起きの為に未だぼんやりとしている僕の脳は、状況を判断出来る程覚醒していないらしい。それでも、靄がかかって曖昧になっている記憶を何とか辿っていくと、思考を放棄をしていた脳が漸く正常に働き出した様で、その記憶も次第に鮮明になってきた。

(――そうだ)

確か、今日はテスト前最後の授業で、どうせ家に居たってそんなにはかどらないだろうから残って勉強していこうって正臣と――。
そこまで考えて、一緒に勉強していた筈の親友の姿が見当たらないことに、今更ながら気が付いた。

「正臣くんなら居ないよ」

まるで僕の思考を読んだかの様に掛けられたその言葉に驚いて其方へと視線を向けると、そこにあったのは目覚めて一番最初に目に入った爽笑と、それを浮かべる、いやに端整な顔立ちの細身の男性だった。
その人は何と云うか、兎に角真っ黒だった。それこそ、頭の天辺から爪の先まで。黒のVネックと黒いズボンに身を包み、その上に、フードと袖に灰色のファーがあしらわれた黒いコートを羽織っている。更に不可解なことに、その人は、その端整な顔を隠す様にコートのフードを深く被っており、その影から覗く鈍い光を放つ赤い瞳が、実に不気味だった。

「ま、正臣が居ないって…。ていうか、貴方誰なんですか。正臣の知り合いですか?」

震えそうになる体躯を誤魔化す様に質問を投げ掛けてみるも、口から出た言葉達は体躯以上に震えていて、結局何の誤魔化しにもならなかった。

「まあ、そんなことは如何でも良いじゃない」
「そんなことって…」

大体、この人如何やって校内に入ったんだろう。こんな怪しい人物が足を踏み入れようものなら、それこそ即通報ものだろうに。そんなことをもんもんと考えていると、突然目前の真っ黒フードさんは僕に向かって手を差し出して来た。なんだろう。

「さあ、俺達のアリス、シロウサギを追い掛けよう」

にっこりと笑いながら言われた言葉に、暫し思考も体躯もフリーズする。シロウサギ?何のことだ。大体、誰が何だって?全くもって意味が解らない。理解不能だ。
それに、如何やらこの人は人違いをしているらしい。さっさと誤解を解いて、正臣を探しに行こう。もう大分時間が経っているだろうから、正臣を見付けたらそのまま直帰だろうなあ。

「…あの、意味がわからないんですけど。それと、多分、人違いです。僕の名前はアリスじゃなくて、竜ヶ峰帝人ですから」

じゃあ、とそのままその場を去ろうとした僕に、黒フードはきょとんとした表情を浮かべた。何だか嫌な予感がして思わず足を止めると、彼は首を傾げながら不思議そうに口を開いた。

「君はアリスだよ?」

嗚呼、矢張り。嫌な予感というものは、何故こうも当たるのだろうか。いや、然しそれ依然になんなんだこの人。何処か可笑しいんじゃないか。大体、アリスって女の子の名前じゃないか。確かに童顔という自覚はあるけれど、女の子に間違えられる程酷くはない筈だ。

厄介な人に捕まったなあと気付かれない様に溜息を溢す。そういえば、この人正臣が如何とか言ってた様な…。目前の存在が強烈過ぎてすっかり頭から抜け落ちていた言葉を今更ながら思い出して、首を傾げる。

(でも正臣と知り合いなのかって聞いたらはぐらかされたよなあ…)

うーんと唸りながらちらりと黒フードを盗み見ると目が合って、にんまりと笑われる。その笑顔に薄ら寒いものを感じて、慌てて目を逸らした。

(…なんか、怪しいというより、不気味な人だなあ)

全身真っ黒というのも、よく考えると気味が悪い。フードから覗く真っ赤な瞳も血を彷彿とさせて不気味だし、胡散臭い爽やかな笑顔も裏が有りそうで怖い。整っているだけに、余計に恐怖を煽られる。
そんなことを考えていたら、途端に目前の存在が怖くなって、一歩、また一歩と後退っていた。けれど黒フードはさして気にした様子もなく、ゆっくりと、だけど確実に距離を詰めて来るものだから、思わず、

「…こっ、来ないで下さい!」

叫んでしまった。
嗚呼しまった、思ったときにはもう遅くて、若干混乱した頭で如何しよう如何しようと繰り返す僕の目前で、けれども黒フードはぴたりと動きを止めた。
意図が理解出来なくて疑問符を浮かべていると、矢張りにんまりとした笑顔のまま、さも当然の様に黒フードは言い放った。僕に向かって、はっきりと。

「俺達のアリス、君が望むなら」

その言葉に、先程の恐怖も忘れて憤慨した。先刻から何度も違うって言ってるのに!
腹が立った僕は、黒フードに背を向けて教室を飛び出した。どうせ何を言っても聞いてくれないだろうし、同じ時間を費やすんだったら、不毛な時間を過ごすよりも正臣を探す方に使った方が有意義に違いないと判断したからだ。

取り敢えず、早く正臣を見付けて家に帰ろう。それから、先程の黒フードのことも聞きたいし。
そんなことを考えながらひたすらに廊下を歩く僕は、気が付かなかった。










後ろから、黒フードの男がゆっくりと付いて来ていることに。











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取り敢えず、臨也さんに「俺達のアリス、君が望むなら」って帝人くんに向かって言って欲しかっただけですみません
チェシャ猫→フード→フード付きコート→臨也さんというアレで実にすみません







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