安藤←潤也






其処は、限りなく無に近い暗闇だった。
四方八方、何処を向こうが何処に行こうが、只只黒が広がるばかり。腕を伸ばしたところで、その手は何かを掴むどころか触れることさえ出来やしない。そう、出来ないのだ。
あの人の、手を掴むことすら。

――無力。
浮かんだ言葉はこの上ない程自分を表していて、今頃になってそれに気付いた己の愚かさと情けなさに死にたくなった。
ずきり、何時の間にか噛んでいたらしい唇から血が滲み、咥内に鈍い味が広がる。――嗚呼、痛い。
ずき、ずき、ずきり。
痛みから、思わずそこを手で押さえるけれど、それは軽減するどころか余計に悪化していくばかりで。強く力を込めた所為で白く変色している指先が、かたかたと震えている。痛い、否、苦しい。
けれど、この胸の苦しみが何に起因しているのかは、よく解らない。強く押さえ付けた手の所為なのか、それとも、それとも――。

それにしても、何て痛いのだろう。苦しいのだろう。痛くて苦しくて痛くて、痛くて痛くて――、痛い、痛い、痛い苦しい苦しい痛いいたいくるしいいたいくるしいくるしいくるしいいたいイタイクルシイクルシイイタイクルシイイタイイタイ、

「――き、」

でも。
貴方はきっと、もっと痛かった。辛かった。苦しかったんだ。そうに、違いない、のに。そうだったに、違いなかったのに!――それなのに。
気付けなかった。知らなかった。解らなかった。助けて、あげられなかった。

「――にき…」

傍に、居てあげられなかった。ずっと、ずっと、一緒だと、約束、したのに。大切な大切な貴方の最期を、見取ってあげられなかった。見取ることも、出来なかった。たったひとりの、誰よりも何よりも大切な、大切な――

「――あに、き…っ!」

大好きな、兄貴なのに。
嗚呼、なんて愚かな弟なんだろう。無知で無力で、貴方があんなことになっていたのも何も知らずに、のうのうと過ごして。挙げ句の果てには旅行ときたもんだ。本当に、本当に、なんて愚かで、なんて、なんて最低な弟なんだろう。

「兄貴、ごめん、ごめんね兄貴」

こんな最低な俺でも、貴方は弟と認めてくれますか。














何処かで貴方が聞いているのではないかと、その言葉すら口に出来ない俺は、本当に最低な弟なのでしょうね。

(それでも俺は、兄貴、貴方を――)











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