あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!
 大学でレポートを書いていたらすっかり暗くなってしまって、早足で家路を辿っていたら、すぐ横で物凄い音をさせて二台の車が衝突した。かと思ったら後ろから来ていたバイクが車に乗り上げて、ぶつかられた方の車から出てきた人を思い切り後輪で吹っ飛ばした。
 な、何を言っているか分からねーと思うが私も何を見たのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…幽霊とか幻覚とかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。
 いや言ってる場合か。
 事故現場に遭遇するのなんて初めてなものだから、うっかり現実逃避してしまった。車がぶつかるとあんなに大きな音がするのかと不謹慎にも思わず感心したが、そんな場合ではないのは明白だ。
 衝突したところからはもくもくと煙が出ているけれど、もしかして燃えているのだろうか。ああいうのってよくアクション映画であるみたいに爆発したりするのかな。それはまずいぞ。
 私は慌てて車に向かって声をかけた。


「だ、大丈夫ですかー!?」


 隣のサラリーマン風の男性が焦った様子で警察に電話しているのを聞いて、少しだけ考えてから、私はとりあえず怪我人の確認をしようとガードレールを越えて事故現場へと小走りで向かった。もしも怪我をしている人がいるなら救急車を呼ぶ必要がある。
 幸いかどうかは分からないけれど、グロ耐性は普通の人よりもあると自負していた。伊達に昔から歩く死人と日常的にこんにちはしていない。普通の人なら見ただけで貧血を起こすような大怪我をしている人がいたとしても、恐らくは冷静に対処できる筈だ。
 目の前で事故が起こるのなんて初めての経験だから、こうするのが正しい行動なのかはいまいち分からないけれど、とりあえず今の状況で自分にできることをした方がいいだろう。流石に私だってこの状況で見て見ぬふりするほど薄情ではない。プロがいるなら話は別だが。
 東京の人は冷たいとよく言われるけれど、そんな冷酷な人間ばかりでもないよなあとこういう時によく思う。私の他にも消火器を持って駆けてくる人や、近くのお店の人だろうか、救急箱を抱えて慌てて出てくる人の姿もちらほら見えて、場違いにも少しだけほっこりした気持ちになった。

 事故現場の傍に寄ると、既に乗車していた人たちは全員外に出ていた様だった。車の中に残っている人はもういないようだ。いや、正確に言えば人影は見えるんだけど、あれは多分幽霊だから無視していい。
 ぱっと見る限りは大きな怪我をしている人は見当たらなかった。バイクを当てられて倒れている女性を除いて。ていうかなんか近くに拳銃落ちてない?モデルガンというやつかな。何故こんな所に。
 とりあえず女性の傍に屈んで呼びかけてみるけれど、完全に気絶しているようで返事はない。そりゃあれだけ思い切りバイクがぶつかったのだし、不思議ではない。やがて救急箱を抱えたお兄さんが近寄ってきたので場所を変わった。
 意識がないのを確認してから、救急車を呼んだ方がいいかもしれないと言うお兄さんの言葉に同意して、スマホを取り出す。気絶している女性は強く頭を打っていた。血は出ていないが、万が一の事があってはいけない。その場をお兄さんに任せると、私は立ち上がって周りを見渡した。
 さっき見た時は大丈夫だと思ったけれど、一応救急車を呼ぶ前に当事者の人たちに他に怪我人がいないか確認してから電話を掛けた方がいいだろう。呼んでから足りないと言われるより、事前に確認した方が確実だ。そう考えて、車から出てきた人たちの方に目を向けて驚いた。


「こ、コナン君…!?」
「名前さん!どうしてここに?」
「いや、歩いてたらすぐ横で事故起きたから、救急車を呼ぼうと…コナン君こそ…まさか車の中にいたの?怪我はしてない?」
「うん、平気だよ」


 時を同じくして私に気付いたコナン君が、人の輪から離れて私の方へと駆けてきた。まさか知り合いの子供が事故にあった車の中にいるだなんて思いもしなかったから、今更ながらに顔を青くする。
 つい確認するようにぺたぺたとコナン君の腕や肩を触ると、コナン君は私を安心させるように笑って、私の腕をぽんと慰めるように叩いた。どうやらコナン君の自己申告通り、本当に怪我は無いようだ。
 元気そうなその様子に安心するも、ちょっと待ってほしい。普通逆ではないだろうか。相変わらずどちらが年上なのか分かったものではない。随分余裕なんだねと思わず呟くと、よくあるからと言われた。よくあるの?
 とりあえずその場でコナン君と保護者らしき男性にしっかりと確認をとってから、電話で救急車を一台お願いする。警察の方にも通行人が通報済みであることを一緒に伝えたら、保護者の男性にお礼を言われた。恐縮です。

 しかし、コナン君って一体。軽く話を聞くところによると、不思議なことに短いスパンで事件に事故にとよく巻き込まれるらしい。なんで?と聞くと肩を竦められた。そりゃそうだ。本人が原因分かってたらこうはなってない。
 だけど全ての物事には理由がある。
 全部が全部そうだとは言えないけれど、実は悪いことがあり得ないほど立て続けに起こる時というのは、大抵の場合その人の周辺に悪意ある幽霊がいたりする。悪いものは悪いことを呼び寄せるものだ。
 性質の悪い悪戯だったり、本気で呪っていたりと状況は様々であるが、そのどれだとしても幽霊が意図をもってそういうことに巻き込んでいるのだ。たまに激しい思い込みで自分からそういうのを引き寄せてしまう人もいるけれど。
 しかし、コナン君には特に幽霊なんかは憑いていない。思い込みが激しいタイプでもないようなのに、どうしてそんなに悪いものが呼び寄せられるのだろう。
 初めて見るパターンに首を傾げる。不思議なこともあるものだ。もしかしたらコナン君自身の運が相当悪いのかもしれない。何にしても可哀想に。
 憐みの気持ちを隠すことなくコナン君を眺めると、コナン君は微かに口元を引きつらせた。


「さてと。怪我人もいないようだし、私そろそろ行くね」
「あ、うん。ありがとうね名前さん」
「大した事はしてないよ」


 救急車は呼んだし、警察もそろそろ到着する頃だ。微かにサイレンの音が聞こえてきている。もう出来ることもないように思うし、いつまでもここにいても当事者でない私は邪魔なだけだろう。野次馬根性で最後まで付き合う気もない。


「君も怖い目にあったんだから、早く帰ってゆっくり休みなね」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。言ったでしょ、よくあるって」
「よくあるってのと怖いと思うのは別なんだよ、コナン君」


 私はコナン君の頭を軽く撫でると、またねと言って踵を返した。最後に見たコナン君の顔がどうにも納得いっていないようだったけれど、小学生にはまだ難しかっただろうか。ううん、そう難しい話でもないと思うのだけど。

 いくらよくある事だって、怖いものは怖いだろうという話だ。
 よく視るから幽霊の存在に慣れているというのと、幽霊を怖いと思うのはまた別なのだ。生まれた時から視えていたとしても、私は私に害を生すあれらに恐怖を感じない日はないし、これからも恐らく、ずっと怖いと思って生きていくことになると思う。
 あの子はきっと、よくあると言ってしまえるほどに何度も経験して、事件にも事故にも慣れてしまったのだろう。
 だけど何度経験したって、心は恐怖を感じている筈なのだ。それが普通で、当然なんだよ、コナン君。
 もう、そんな感覚も麻痺してしまったのだろうか。それはとても、危険なことだと思う。
 怖いと思うのは決して悪いことではない。誰も、あの子にそれを教えてあげないのだろうか。

 ふと、不安になって。コナン君を探して来た道を振り返る。けれどもう離れてしまった今、人混みに紛れてあの小さな影は見えそうになかった。
 そもそも見つけてどうしようというのか。たかが最近知り合っただけの、小学生相手に。きっとこれは私が踏み込むことではない。もう考えるのは止そう。私はふうと小さく息を吐くと、今度こそそこを去ろうと、目を逸らしかけて。

 それは殆ど偶然だった。事故のあった車の影に隠れていた人が、たまたま私の目に入る。


「…え、」


 金の柔らかそうな髪と、褐色の肌。甘いマスクに爽やかな表情がとても合っている彼は、近くにいる人達と何か話している。
 彼は、何だ?

 その人は、この場において、いいや。どこに居たってはっきりと分かるほど、異質だった。

 人間だ。先程言葉を交わしたコナン君の保護者さんと話しているのだから間違いない。足元には影もあるし、不自然なところも何もない、ちゃんと生きている人間だ。
 けれどあの時、初めてその姿を見た時。

 神様の様だと、そう思った。



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