大学からの帰り道、家の近所で奇跡的に地味な再会を果たした私と、眼鏡の少年こと江戸川コナン君。こんなところで会うなんて奇遇〜!なんてテンションにはとてもなれず、私は微かに口元を引きつらせた。
 もう二度と会うはずのなかった相手である。だからいつか会えたらなんて言ったのに、まさかあれがフラグになるとは。人生何があるか分からないものだと遠い目をしながら、私の手をしっかり握って先を歩くコナン君の後ろ姿を眺めた。
 別に手を繋がれなくても逃げるつもりなど更々ないのだけど、前科がないとは言わないから仕方がない。すたすたと淀みなく足を進めていくコナン君に内心でため息を吐くと、私は目的地である公園に着く前にと声をかけた。
 彼がこちらに振り返ったのを確認してから、傍に立っている自動販売機を指差す。


「何飲む?」
「えっと、僕コーヒー」
「最近の子ってもうコーヒー飲むの…すごいね…時代進んでる感じする…」
「そうかなあ」
「お姉さんはココアにしよ」
「ありがとう名前さん」
「いーえ。君にはお水を貰った恩があるからね」


 小銭を入れてボタンを押す。がこんと缶が転がり出てくる音を聞きながら、さてどうしようと考えた。取り敢えず飲み物を買うことで少しだけ時間を稼いではみたけれど、タイムリミットは公園に着くまでの残り僅かしかない。
 正直なところ、あの事件からそこそこの時間が経っているとはいえ、何も考えていなかった。だってまさか再会するなんて思っていなかったし、だからあんな軽率なこと言ったのに。コナン君が近所に住んでいると知っていたらあんなこと言わなかった。そもそも、歩美ちゃんを助けようなんて。
 そこまで考えて首を振る。過ぎたことだ。してしまったことは仕方がない。
 とにかく、言い訳なんて考えもしていなかったのだ。ていうか旅行先で会った子と地元で会うってどんな確率?歩美ちゃんたちと話した時にどこに住んでいるのかきちんと確認しておくべきだった。

 時間稼ぎした甲斐もなく、飲み物を買い終えると5分と掛からずに公園に到着してしまった。コナン君の歩く速さに合わせていたのに。しかし未だ言い訳は思い付いていない。当然だ。すぐに思い付くならばとっくに色々誤魔化している。
 天気があまり良くないからか、それとも時間帯が悪いのか、私達の他に利用者の姿は見えなかった。それどころか公園の周りを歩く人の影すらない。閑散とした雰囲気が公園という場所と酷くミスマッチで、居心地はそう良くはなかった。
 その上端の方には幽霊の姿がちらほら見えて、それがまた公園の雰囲気を暗くしている。見たところ悪さをするようなのではなさそうだけれど、どうやら溜まり場になっているようで、あまり長居はしたくないなと思った。

 遊具から少し離れたところに設置されているベンチにコナン君と二人並んで腰掛けると、まるでタイミングを見計らったかのようにカラスの鳴き声が響いた。これ以上不気味な演出をしてどうしようというのか。コナン君が怖がってくれればいいけれど、欠片もそんな様子を見せない今、ただの騒音でしかない。
 先程買った缶コーヒーをコナンくんから受け取って、開けて渡すとお礼を言われた。どういたしましてと軽く返しながら、私も自分のココアを開ける。コナン君が二口目を飲んだのを確認してから、缶に口を着けた。
 実際に見るまでは本当に小学生がコーヒーを飲むのかと半信半疑で、一応駄目だった時のために甘いものを選んではみたのだけど。普通の表情でコーヒーを飲んでいる様子から、どうやら余計なお世話だったらしいことが窺えた。普段から好んで飲んでいるのかもしれない。ケロッとした顔でブラックコーヒーを飲むその姿には貫禄さえ感じた。最近の小学生本当進んでるな…。
 私がココアを半分ほど飲み干したところで、コナン君はそれでね、と口を開いた。どうやら早速本題に入るらしい。私と楽しい世間話をするつもりは一切無いようだ。


「この間の事だけど」
「あぁ、うん、何かな」
「あのあと、女の子の死体が見つかったみたいなんだ。もう白骨化してたから時間が掛かったけど、身元も名前さんが言ってたので間違いなかったし、状況も犯人の供述と一致してたって」
「コナン君なんでそんなこと知ってるの?」


 何故一介の小学生が捜査の進捗なり結果なりを知っているのだろう。一体この子はどこからそんな情報を貰ってきたと言うのか。ただの小学生が知るには少しどころか大分ヘビーだと思うんだけど。
 私の疑問にコナン君はえへへと可愛らしく笑うが、答えはしない。あれ、この子今明らかに誤魔化さなかった?少し不自然に感じた私は続けて口を開こうとするも、コナン君に先制されて出かけた言葉を飲み込んだ。
 けれど流石に怪しい。何も言わせようとしないのがその怪しさに拍車をかけている。まるで何かを隠しているみたい。なんて、私が言えた義理ではないけれど。


「名前さんはどうして彼女のこと知ってたの?」
「う〜ん?被害者のご遺族とちょっとね」
「犯行の手口や当時の状況を知ってたのは?」
「何となく、そうかな〜と思って」
「被害者の女の子は行方不明扱いで、あの時も捜索願が出されていたのに、犯人が殺したと断言したのは何故?」
「、………」


 コナン君のその質問に咄嗟に言葉を詰まらせる。そうか、彼女はまだ行方不明って認識だったのか。じゃあさっきの遺族から云々っていうのは、良くなかったかもしれない。矛盾が生じてしまう。そもそも筋の通った話なんて出来ていないけど、これはあまりに致命的だ。思わず固まってしまった。
 私は何も言わないままにコナン君を見つめる。彼も私のことをじっと見ていた。その視線はただの小学生とはとても思えない程に鋭い。
 ここで初めて、私はこの少年の存在に、明確に違和感を感じた。


「本当に不思議なんだ。だってまさか本気で幽霊が見えるわけでもないでしょ?」


 違和感が吹っ飛んだ。


「まさかそんな馬鹿な。何を言ってるのコナン君。何を言ってるの。コナン君本当お願いだからそれあんまり大きな声で言わないでね、あれ冗談だから本当何でもないから他の人には言わないってお姉さんと約束しよ!」
「ど、どうしたの名前さん。落ち着いて」


 私は隣に座るコナン君に詰め寄るとコーヒーの缶を持つ手ごと握りしめる。コナン君はこんな反応が返ってくるとは思わなかったのか、目を瞬いて身体を後ろに逸らした。驚かせてごめんよと頭の隅で一応思いはするものの、しかし今はそれどころではないのだ。
 だって、これが私がコナン君に大人しく付いてきた最大の理由だ。

 会うはずのなかった彼とまさかの再会を果たしてしまった今、この子にあの時のことを口止めしないわけにはいかなかった。
 例え彼が信じていなくても、言ったところで小学生の冗談だと受け取られるとしても、あんな、幽霊が視えるだなんてキチガイじみたことを一度でも私が口にしたなんて誰かに知られるのは耐えられない。冗談じゃない。そんなことさせてたまるか。
 誰にも、知られるわけにはいかないのだ。
 だからこうして、良い言い訳も思いつかないのに、コナン君に付いてきている。
 私はなるべく深刻な顔にならないように、努めて笑顔でコナン君に話しかけた。けれどきっとその表情は固く強ばっている事だろう。自覚していても、どうしても緊張してしまって上手くいかない。せいぜい声が震えてしまわないように気を付けるのでいっぱいいっぱいだった。


「幽霊が見えるなんて嘘だよ。でも、いい年してそんな嘘言ったなんて、とっても恥ずかしいことだから、ほかの誰にも言わないでほしいの。誰かに知られたら私、生きていけない」
「………」
「お願い、コナン君」
「……うん、いいよ」


 あまりに必死な私の姿に同情でもしたのか、どこか釈然としない顔をしてはいるものの、頷いてくれたコナン君にほっとする。私は隠しきれない安堵の気持ちをそのままに、素直にお礼を言った。
 きっと他の人から見たら高々小学生相手にと思うだろう。私だって、子供の口から言われても冗談としか取られないだろうことも、こうしてわざわざ深刻に頼む方が可笑しいことも、分かっている。
 その上所詮は口約束。例えここで約束したとしても、どこまで黙っててくれるかは分からない。そもそも小学生だ。私の言ったことなんて忘れて言ってしまうかもしれないし、悪気もなく話してしまうかもしれない。
 全部分かってる。分かってはいても、それでも。こうして口止めして、初めて私は、少しだけ安心できるのだ。


「内緒だよ、コナン君。約束」
「………。うん、約束!」


 にっこりと笑ってそう言ってくれた彼に、私も漸く自然な笑顔を返すことが出来た。すっかりからからになってしまった口の中を潤すために、残りのココアを飲み干す。温かいものを買ったのに、ココアはもうすっかり冷めきっていた。

 遠くで小学校のチャイムが鳴ったのが聞こえた。そろそろコナン君も帰らなければお家の人が心配する時間だろう。コナン君に視線で促せば、心得たと言わんばかりに頷いて、彼も残りのコーヒーを飲み干すとぴょんと軽やかに立ち上がった。
 そのままの勢いでくるりと振り返ったコナン君は、私を見ながら優しげな表情で口を開く。


「その代わりどうして知ってたのか教えて」
「おっと〜〜〜?」


 忘れてなかったのかよ。いい感じに話を逸らせたと思ってたのに。こいつ思ったより頭がいいぞ。ついジト目になると、コナン君も同じような顔で私を見返してきた。どうやらバレていたようだ。くそ。
 この後コナン君をお家に送るまでの間、めちゃくちゃお茶を濁したのは言うまでもない。



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