私はどこにでもいるしがない腐女子である。多少絵を描き稀に文章をしたため主につぶやいたーに生息する、無害で善良な腐女子である。
 主なジャンルは二次元だが、舞台やドラマなどの2.5次元も余裕でいける。筋肉とおじさん受けが性癖で、だけど美少年受けも勿論食べるし、NLだって百合だって大好きだ。サイト全盛期からこの世界で生きているそれなりのオタクなので、地雷だなんだと騒ぐ貧弱な精神はしていない。来いよ、何だろうがクレバーに抱いてやるぜなスタンスで日々萌えと向き合っている。
 そんな私が最近どっぷりと落ちた沼が、そう、探偵沼である。
 世はまさに大探偵時代―――と言わんばかりに、老若男女探偵は多い。中でも有名なのはやはりイケメン高校生という素敵な設定を持っている工藤新一や、最近だとまるで眠っているかの様な顔で事件を解決へと導く毛利小五郎あたりだろう。
 事件のあるところには必ず探偵が一人はいる。そしてその難解な事件を華麗にスマートに解決し、真実を白日の下に曝す圧倒的正義。難しい職なだけあって基本的にはお互いライバル意識が高いようだが、現場で鉢合わせると途端に協力プレイで即解決。犬猿でも相棒でもまかり通るその関係性は魅力的の一言に尽きる。

 最初はそういう目でなんて見ていなかったのだ。ほんと。ほんとに。2.5次元まではありでも流石に三次元はほら〜やっぱ同じ次元だとさ〜〜〜とか思ってたの。でもね、毛利小五郎が出てからね。ほら。最初に言った私の性癖を振り返ってほしい。
 そりゃ嵌るよね〜〜〜おじさんクラスタにはたまらないものがあるよね〜〜〜。普段はお調子者でへらへらしてるどこにでもいそうなおじさんが推理の時だけクールにダンディに決めるんだよやばない?女好きの気が強くて呑兵衛でギャンブル大好きなおじさんが犯人を捕まえるときはまるで寝てるみたいに穏やかな顔で有罪突きつけるのやばない???せやろやばいやろ。
 その上彼は結構メディアに取り上げられるから他の探偵さんと比べても情報入る入る。そして彼を追いかけていくうちに集まる他の探偵さん情報。何故か毛利探偵の傍には若くてイケメンで有望な探偵が集る集る。
 しつこい様だが私の性癖を今一度だけ振り返ってほしい。おじさん受けがドストライクなのだ。できれば青年×おじさんが良い。歳の差があればあるだけ嬉しい。そんな私の元に、まさにそんな環境を持ちうるおじさんが現れたのだ。
 迫りくる萌えの嵐。迸る衝撃。あっという間に坂を転げ落ちて探偵クラスタ毛利担の完成である。

 とはいえ流石に三次元。所謂ナマモノジャンルと呼ばれるそれは扱いが非常に、非っっっっっ常にデリケートなのだ。誰だって自分の預かり知らぬところで勝手にホモにされていたりブチ犯されていたらそりゃ嫌だろう。
 特に探偵は相手が圧倒的頭脳を持った調べ物のエキスパートたちであるから、ほかのどのジャンルよりも危ないと言っていい。間違ってもぐーぐう検索でヒットするようなことはあってはならないし、本人がそれと気づかないように幾重にもカモフラージュする必要があった。隠語が過ぎてもはや暗号と化している。
 そしてそのカモフラージュを乗り越えてきたとしても、サイトは本人が間違っても入ることができないようパスワード完全請求制。さらにパスを入力した先にもクッションとクイズと隠しリンク。ひと昔前に廃れていったそれらを乗り越えてやっと、神々の作品に到達することができるのだ。
 そうした敷居の高さからか、探偵沼の住人は少ない。しかしその敷居の高さからか、探偵沼の住人は皆頭が良く性格も良く作品も洗練されており非常にクオリティの高いものが多かった。民を選ぶ探偵沼はそう、そこへ辿り着けさえすれば、天国の様に居心地が良く幸せに溢れる桃源郷だ。

 私がこのジャンルに来てからまだ日は浅い。ド新参だ。それでも私の全オタクスキルを集約させて私は桃源郷に辿り着いた。無事住人たちにも受け入れられ、日々暗号を使いながら楽しくオタクライフを送っている。
 しかしだ。いくら好きだとは言っても。別に、関わりたいわけではないのだ。何故なら私は腐女子。キャラ達の間に入るのではなく、そう、キャラ達の同棲する家のカーペットや天井になりたいと思う程度の腐女子なのである。


「では苗字さん。あなたは昨日の21時過ぎ、どこで何をしていましたか」
「はわ……」


 強面の刑事さんが私にそう尋ねた。隣には毛利探偵と、キッドキラーでお馴染みの江戸川コナン君。まさかそこの江戸川少年と毛利探偵のエロトーーークで朝まで盛り上がっていましたなどとは口が裂けても言えずに口ごもる。そもそも何故私が容疑者にされてしまったのかも今の私には定かではない。
 毛利探偵に頭の中でえっちなことさせすぎて罰が当たったのだろうか。それは正直すまんかったと思っている。私にえっちな妄想をされるために毛利探偵は探偵をしているわけではないのだ。分かってはいる。しかし分かってはいても、やらねばいけない時というものがあるのだ。それがこの時だったのかは別として。


「え、ええと。昨日の夜は自宅で友人と電話していました。朝日が出るまでずっと話してたので、確認していただければ…」
「ず、ずっと?21時から?」
「ええ、話題が尽きないもので…」


 言葉にすると我ながらひっでぇなとは思うがしかし事実なので誤魔化さずに伝えた。怪訝な顔はされたものの、友人に確認をとってもらえれば私のアリバイは成立するだろう。あとは事件解決まで壁際で置物になっていれば良い。空気になるのだ。
 無事に次の人へと警察の方々の注目が移っていったことにほっとして、私は壁に背を預けてスマホを起動させた。たんたんと慣れた手付きでつぶやいたーのアイコンを押す。しかしアプリ起動中の画面をぼんやり見つめてからはっと我に帰った。
 いけない。何も考えないと身体が勝手につぶやいたーを開いてしまう。もう手遅れな程に習慣づいてしまったようだ。我ながらやばいなと思いつつ毛利探偵に目をやった。何やら刑事さんと真剣な顔で話し合っている。じっとそれを眺めていればぱちりと目が合って、にっこり笑って手を振られた。おじさんの可愛いが過ぎるわ。
 流石に今回の事件を呟くなんてことはしないが、毛利探偵のことを呟くのくらいはいいだろうか。だってだって生の毛利探偵なんて多分この先もう見ることないし、お手手振ってもらったってヒョロワーさんに自慢したい。
 勿論つぶやいたーは鍵をかけているからヒョローしてくれている人しか私のつぶやきを見ることは出来ないし、万が一を考えて本人に分からないような隠語でのツイートが義務付けられている。抜かりはない。
 いやしかし、今しか生毛利探偵を見ることが出来ないのでは?今後も会える保証はないし、今回のこれは奇跡が起きた様なものだ。自慢は事件が解決してからにして、今は毛利探偵を心ゆくまで堪能することが探偵クラスタとしての義務であり礼儀なのではないだろうか。
 そう結論を出した私は、スマホの電源を落とすと毛利探偵をじっと観察した。後ろ姿えろいな、なんて考えながら舐めるように全身を見ていると、突然なんの前触れもなく毛利探偵が姿勢を崩した。それに驚いていると毛利探偵が気の抜ける声で一言。


「はにゃら」


 はにゃら?????


「おお、毛利くん!謎が解けたのかね!」


 待って。ちょっと待ってほしい。謎が解けたのはすごい、大事なのはわかるけどでもちょっと待ってほしい。はにゃらって何?どちゃくそ可愛くない??今の何???
 突然の衝撃ににやける口元を手で隠し息を止める。無理今なんか変な声出そう。待って無理…毛利探偵可愛すぎるでしょ有罪…はにゃらって萌えキャラかよいい加減にして。ありがとうございます。
 素面ではにゃらなんて言ってのけてしまう毛利探偵に無限の可能性を感じる。これで既婚済み子持ちなんだからやばいでしょ。なんなの。本当なんなのあのおじさん。ありがとうございます。
 私は毛利探偵の繰り広げる推理をなんとか耳に入れながら、食い入るように毛利探偵を見つめた。網膜に焼き付けて帰るのだ。帰ったら絶対にレポ描くのだ。絶対なのだ。
 それにしても本当に眠っているみたい。推理かっこいい。声ダンディー。


「………ん?」


 きゅんきゅんしつつもすごいな〜と素直に感心しながらその光景を眺めていると、ふとある一点が目に入る。とんでもないことに気がついてしまった。そんなばかなと目をこすってもう一度見るが変わらない景色がそこにある。
 間違いない。間違いなく、毛利探偵に、江戸川少年が寄り添ってる。

 ま、待ってくれ…キャパオーバーだこれ以上は処理できない…ど……ええ………?何してんの?何してんの??なんでそんなに密着してるの???背中に寄り添うってそれ薄い本で100万回見たやつじゃない?????
 昨日友人と話していたタイムリーな組み合わせに声が出そうになった。危なかった。折角の推理ショーが台無しになるところだ。それは探偵クラスタとして死んでも避けなければならないところだ。
 とりあえず目の前で繰り広げられる素敵な光景を目に焼き付けながら、なんだってそんなところに江戸川少年がいるのか考察に入ろうと思う。何もすることがない今、私の使命はまさにそれしかない。
 推理も佳境に入った。そろそろ犯人も膝をつくだろう。それまでに、私は何としてでも、この2人の関係性を考察し深読みし皆に報告するべく纏めなくてはならない。待っててヒョロワーさん!待っててまだ見ぬ素敵な同志たち!私の今までのすべての経験と技術で以ってこの難事件を解いてみせる!
 私は過去一の集中力でもって頭を回転させ始めた。今夜も眠れそうにない。



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