大学の課題にバイトにとここ最近予定が立て込んでいた私が久しぶりにポアロの扉を開けると、にこにこと気を許した風に笑うコナン君とそれににこにこ爽やかで素敵な笑顔を返している安室さんがいた。ぎょっとして思わず二人を見比べてしまったが、私は悪くないと思う。
 ついこの間までコナン君は安室さんのことを盛大に警戒していたような気がするのに、一体なにがあったというのか。そんなに仲良くなるイベントが私のいない間に発生していたというのだろうか。不可解すぎて思わずじとりとコナン君を見つめるが、そんな私の視線に気付いたコナン君といえばにっこりと笑って首を傾げるだけだった。
 この子のこういう時だけ子供らしくするところずるいと思うんだ。普段は芦田さんもびっくりなほど人生二週目ですみたいな顔してるくせに、本当ずるい。そんな彼を見るたびに嘘つけワザとらしいぞと思うがしかし、コナン君からはいつだって何も知らないですという子供の純真無垢な顔でもって押し通そうという気概を感じるのだ。
 それにいつも折れるのは私で、今回だって案の定、無言の攻防に先に音を上げたのは私だった。


「……見ない間に随分仲良くなりましたね?」
「そうですか?」
「え〜僕たち前から仲良しだったよ!ねっ安室さん!」
「そうだねコナン君」
「そうだったっけ……」


 そうでなかったことは明白だったが、安室さんがそう言い張るならばきっとそうだったのだろう。私が気付かなかっただけで、きっと以前からこんなふうに語尾にハートでもついていそうなやり取りをしていたに違いない。それに気が付かなかったとは、それなりに自分のことは観察力がある方だと思っていたのだけれど、どうやら考えを改めねばならないようだ。大反省である。
 そんな軽口を叩きながら空いている席を探そうと店内を見回すと、コナン君は自分の隣の席をぽんぽんと叩いて私を呼んだ。彼が座っているのはカウンター席だ。安室さんにも目を向けるとどうぞとにっこり笑われたので、私は二人の好意に甘えてコナン君の隣へと腰かけた。
 安室さんにコーヒーを頼みながら、コナン君へと目を向ける。それを一体どう勘違いしたのか、コナン君は苦笑しながら少し居心地悪そうに足をぷらぷらと揺らした。そんな思いをするくらいなら私なんて隣に呼ばなければいいのにと思いつつも面白くなって見続けていると、遂には耐えきれなくなったのかコナン君はちろりと安室さんにアイコンタクトを送った。安室さんはといえば、それに肩を竦めて答えている。
 そんな様子に二人の間にある年齢を超えた気安さを感じた。どうやら本当に、知らない間に随分と仲良くなったようだ。
 そのことに良かったという安堵の気持ちが湧き上がってきて、私は小さく笑う。良かった。安室さんが笑ってくれていて。以前のままだってきっと安室さんは笑っていただろうけれど、小さな子供に避けられているよりこうして仲良くしている方がずっと笑ってくれるに決まっているもの。
 二人の間に何があったのかは知らないが、安室さんにとって都合が悪くないのならば私としては何でも良かった。きっかけが何であれ、安室さんが健やかであるならば文句などあるはずがない。

 出されたコーヒーを安室さんにお礼を言いながら一口飲む。久しぶりの安室さんが手ずから淹れてくれたコーヒーはやはり美味しかった。幸せの味がする。ほうっと息を吐くと自然と肩の力が抜けていくような気がした。
 カップに入ったコーヒーを幸せな気持ちで眺めながらそっとソーサーに戻す。まだ半分以上中身の入ったカップがカチャリと微かな音を立てながらあるべき場所へと戻ったのを満足げに眺めると、私は何の気なしにコナン君の方へと再び視線を移動した。折角隣にお呼ばれしたのだから軽く世間話でもと思ったのだ。
 しかし口を開く前に彼がカウンターで広げていたものが視界の端に入ってきて、出かけた言葉を飲み込む。そういえば何をしていたのだろうと彼の手元を覗き込んでみて、意外すぎるそれに思わず真顔で二度見を決めた。
 そんなまさかと思いはしたものの、よく考えれば何もおかしいことはない。ないのだけど、どこにでもあるありふれたそれが、コナン君が持っているというだけで大分可笑しなものに見えた。


「……えっコナン君それもしかして学校の宿題?」
「うん、安室さんに見てもらってたんだあ」
「えぇ…そうなの…そう……コナン君が計算ドリルやってる違和感すごいな………」
「なんで?僕普通の小学生だよ?」


 きょとんとした顔でそんな事をほざくコナン君に声を大にして言いたい。どう考えてもお前は普通ではない。これが普通だと言うのならば、日本の未来は明るすぎて最早見えないだろう。
 これは頭の良い子が100点のテストを持ちながら別に頭良くないよ〜って謙遜してみせるあれだろうか。その謙遜は結構陰で敵を作っているからやめた方がいいとお姉さんは思う。かといってええ私頭いいんです!って堂々とやりすぎても敵を作ることになってしまうから人間関係とは面倒くさいのだが。
 しかし言われてみればそうだ。どんなに普段生意気なことを言っていてもコナン君は正真正銘、小学一年生なのだ。子供だという認識こそあるものの、よく話すようになってからはまだ二桁にもならない年齢なのだという意識は薄くなってしまっていたように思う。
 今までの自分の態度を顧みて、小学一年生と対等に話してる成人済み女性という絵面に漸くはっとするが、遅すぎたとしか言えない。小学生相手にじと目をする大学生など、周囲からはさぞかし大人げなく見えたことだろう。しまったとしか言いようがなかった。今度から気を付けなくてはと内心で自分を戒めながらも、しかししみじみと言う。


「コナン君ってちゃんと小学生だったんだね」
「何それ、僕名前さんと会ってから小学生じゃなかった時なんてないでしょ」
「君は普段の自分の態度をちょっと見直した方がいいね」


 私は君のことを中学生くらいの男の子だと思って接するようにしているよと言うと、コナン君は何故だかひどく複雑そうな顔をした。なんでだ。中学生って言ったら君の倍以上も上なのに何故そんなに不満そうなのだ。そこは普通胸を張ってもいいところなのではないのか。
 それとも老けてると言っているようにとられてしまったとか?小学一年生から老け顔を気にしている可能性はいかほどのものなのか。将来有望な顔面を持っているのだし、いくら何でもそれはないと思うが。
 出会った頃と比べればコナン君とも大分距離が近くなったような気がしていたが、出会った時からずっと、私にはコナン君が何を考えているかさっぱりわからない。これだから頭の良い子供ってやつは難しい。安室さんならば分かるだろうか。
 私達の全くもって身にならない会話を仕事の片手間に聞いていたらしい安室さんは、私の視線に気が付くとおかしそうな顔をして口を開いた。


「僕より余程、コナン君と名前さんの方が仲良しみたいですね」
「そうですか?私はコナン君より安室さんと仲良しな方が嬉しいです」
「僕も名前さんと仲良しって思われるのはちょっと…」
「嘘でしょコナン君」


 自分の言ったことは棚に上げたままそこまではっきり言うだなんて酷いと詰め寄ると、コナン君はそういうとこだよと半目で私を見据えて言った。納得いかない。どういうとこだ。




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