「あっねえ見てあれテレビ、工藤先生が出てる〜!」
「え?誰?」
「嘘でしょ名前…工藤先生だよ…?知らないとかある…?」


 安室さんが嬉しそうに微笑んでいた記憶を後生大事に抱えると決意してから数日後、バイト仲間と駅前の小洒落たカフェでお茶をしばいている時にカウンターの近くに置かれたテレビに映ったその人を見て、バイト仲間は歓喜の声を上げた。そのまま興奮したように私の肩を叩いてくる彼女はどうやらあの人のファンであるらしい。画面の向こうのナイスミドルなおじ様を見つめる目がキラキラと輝いている。へえ、ああいう人がタイプなんだ。知らなかった。
 そんな彼女の熱い視線に応えるかのように、画面の向こうでは工藤先生とやらが決め顔でウインクを決めて、隣からきゃあと小さく黄色い声が上がる。私のことなどそっちのけでテレビに夢中になってしまったバイト仲間をしり目に、私はコーヒーをちびちびと飲んだ。こういう時に下手に邪魔すると怒涛のマシンガントークが待ち構えていることは知っているので大人しくしているに限る。

 それにしても、工藤、工藤ねえ。ありふれた名前ではあると思うが、やはりテレビに映る彼に思い当たるものはない。そんなに有名なのだろうか。いやテレビに映っている時点で有名なのは疑いようがないのだけど。
 手持ち無沙汰だったので試しにスマホでぽちぽちと検索してみると、工藤と入力した段階で検索候補に何人かの名前が挙がってきた。えーと工藤静、工藤優作、工藤新一、工藤……きりがないな。もう一度テレビへと視線をやると、丁度テロップでフルネームが表示されているところだった。なるほど優作。
 ふんふんと頷きながら工藤優作と入力してトップに出てきたウィキを開くと、本のタイトルと功績がずらーっと表示された。どうやら随分と著名な小説家らしかった。映画やドラマ化も多数するほどに世界的に大人気なのだそうで、そういえばいくつかタイトルくらいは聞いたことがあるかもしれない。
 とはいえさほど興味はない。作家がイケメンなのはポイントが高いのだが、ジャンルがなあ。私は適当にページをスライドさせるとブラウザを閉じた。

 別に普段本を読まないわけではないのだが、如何せん推理小説は好みではない。何が悲しくてフィクションの世界でまで死体と向き合わなくてはいけないというのか。普段から歩く死体ばかり飽きるほど見ているから、フィクションでくらいもっと穏やかな世界に浸りたいというものだ。
 そりゃトリックはよく考えるなって思うけど、基本的には死体も犯人もどうでもいい。謎も真実もご随意にどうぞって感じだ。思うことと言えばせめて人に見つからない山奥で殺せくらいか。それなら街に幽霊が溢れることもない…ことはないんだろうけど。
 人間というのは考える生き物である。どこで殺そうがどうせ人がいっぱいいるとこに下りてきちゃうからね。それはもうしょうがないね。というかそもそも殺すなという話である。そういう理由で推理小説は守備範囲外だ。


「工藤先生、今回は一人なんだなあ。あの人こういうところに出てくるときは大体奥様と一緒なんだけどね、奥様スゴイ美人なんだよ〜!ほら藤峰有希子、分かる?割と前に女優してた…めちゃくちゃ夫婦仲良くてね、ラブラブなの」
「あ〜藤峰有希子は分かる。え、あの人の旦那さんなんだ?すごい。あんな美人どうやって捕まえたんだろう」
「なんだっけ、高校だか中学だかの同級生なんじゃなかった?」
「同級生と結婚して未だにラブラブなの?羨ましすぎてやばい」
「憧れるよね〜」


 漸く工藤優作を堪能し終えたのか意識が戻ってきたバイト仲間とぐだぐだ喋る。そういうドラマとかでありそうな恋愛すごいわ。私も一度でいいからしてみたいものだ。私が私である以上どうせ無理だと分かっているけど、私だって夢くらいは見てしまう。一応女の子なもので。
 バイト仲間も工藤夫妻のようなドラマチックな恋愛を想像しているのか、うっすら色づいた頬を両手で覆うようにしてほうっと息を吐きながら、私も工藤優作と結婚したいと呟いた。圧倒的に何かが違ったがまあ良い。面倒くさいので私はつっこまない。毅然とした態度でスルーした。


「私が工藤先生と結婚して工藤新一産んだらお祝いしてね」
「えっ?今産むって言った?産むって言ったよね?え…怖…ていうか工藤新一って誰……」
「工藤新一も知らないの!?ちょっと前までテレビ出てたじゃん、高校生探偵の!イケメン!私はあれを産むの!!!」
「怖い怖い怖い」


 スルーしたと言ったな。あれは嘘だ。こんなド級のボケをスルーしきれるはずがなかった。
 恍惚とした表情で戯言をほざいているバイト仲間から距離を取りつつもつっこんでしまう。というかこれはボケだろうか。ボケであってほしい。もしも本気で言っているのならちょっと関わりたくないです。好きな芸能人と結婚したいまではよしとして、既に生まれている工藤新一を産むとかわりと真面目に言ってる辺りが怖いし気持ち悪い。やべーよこいつ…やべーやつだよ…そんなに好きかよ工藤優作……。
 普段は明るくて元気な彼女の新しい一面に恐れおののきながらも、ちょっと怖いもの見たさに工藤優作のどこが好きなのか聞いてみた。ら、始まってしまった怒涛の工藤優作萌え語りに私は数秒前の選択を盛大に後悔しつつ、うんうんと適当な相槌で乗り切ろうと試みる。こちらを置いてけぼりにするほどの早口を話半分で聞き流しながら、今度は工藤新一で検索をかけた。すぐさまヒットした膨大な数の記事にこちらもなかなかの有名人であることを知る。
 ニュースは家でなんて見ないから知らなかった。というか私は基本的にテレビは出先でもない限りあまり見ないのだ。映画も嫌いだ。見たくないものばかり映る。画面の向こうからこんにちはされる可能性だってなくはないし、そういう避けられる危険はできるだけ避けたい。そして出来上がるのが私こと情弱なのである。自慢にもならない。

 バイト仲間の声をBGMにいくつかページを開いてみると、顔写真まで出てきた。親は芸能人だからいいとして、この子は一応高校生らしいのにいいのだろうか。表情を見るに寧ろ嬉々としてカメラに映りに行っている感はあるけども。
 イケメンと絶賛された工藤新一は父親の面影を残しながらも母親のいいところ全部もらいましたみたいな面をしている。自信に満ち溢れる表情からは幸せに育ったんだろうなという感想しか出てこないが、しかし確かにイケメンである。まあ?安室さんの方が??イケメンですけど???
 工藤新一はバイト仲間の言ったとおり、少し前まではよく事件を解決して話題になっていたらしい。高校生探偵として名高いようだ。平成のホームズなんて言われている記事も見掛けた。
 しかし最近はとんと活動をしていないようで、事件を解決したのは遊園地で起きた殺人事件が最後だ。最もこれは有志の誰かがまとめた情報だから信憑性は薄い。匿名の掲示板なんかには死亡説なんてものも上がっているようだ。へえ。単に探偵ごっこに飽きたとかそんなもんな気がするけど。高校生なんて遊ぶのが仕事みたいなところあるし。

 それにしても、工藤新一。どこかで見たような顔である。どこだったかなあ。なんとなく覚えがあるんだけど。少し考えてみるが答えは見つからない。
 まあどうでもいいかとすぐさま諦めると、私はバイト仲間の話を止めるべく話の間に入った。もうそろそろ勘弁してほしい。話は既に工藤優作と彼女の理想の恋模様へと移り変わっている。果てしなくどうでもいい。
 しかし当然私が話を遮る程度で彼女が止まるはずがなく、バイト帰りにちょっと休憩〜という名目で入ったはずのカフェにその後3時間も居座るはめになってしまった。怖いもの見たさでちょっかい出してもいいことないんだなって学んだ。

 バイト仲間と漸く別れ、ぐったりしながら帰宅している途中、ふと前触れもなく先程秒で投げた疑問の答えが浮かんだ。以前この近くで彼と会ったことがあったからかもしれない。やっと彼の顔に思い当たった私はなるほどと頷く。


「コナン君、工藤新一にそっくり」


 顔のパーツもそうだし、髪型とかも、あれはもしかしてコナン君が工藤新一に寄せているのだろうか。コナン君探偵好きみたいだし、年上の頭が良くてカッコイイお兄さんに憧れちゃうお年頃なのかもしれない。私のおすすめのお兄さんは安室さんだけど。
 しかしあの顔とパーツがそっくりだとは羨ましい。これは増々将来有望物件である。彼を好きになる女の子は苦労しそうだ。




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