ばったり再開した園子ちゃんに誘われたことをきっかけに、安室さんの働く喫茶店に足しげくとはいかずとも、十日に一度くらいのペースで行くようになった。つまり十日に一度のペースで安室さんにお目にかかることができるということだ。光栄どころの話ではない。めちゃくちゃ幸せである。
 そのきっかけをくれた園子ちゃんには感謝の気持ちでいっぱいだし、というか、ずっと来てくれるの待ってたんですよと安室さんに悪戯気に笑われてしまえば来るのに遠慮もなくなるというものだ。これで来ないやつがいたらそいつは人間じゃない。
 だけどきっと安室さんは本当に待っていたわけではなくて、私が次も来やすいようにそう言ってくれたのだろうなと思う。他人のことをよく見ているひとだから。やはり優しい。優しくて格好いい。安室さんの後ろから後光が射しているように見えた。
 とはいえ、回数を重ねてもやっぱり一人で店のドアをくぐるのには少し緊張する。けれど一度来てしまえば後は割と勢いだけで何も考えずに来れるようにもなる。お店にも徐々になじんできて、今やすっかり常連客の一員になっていた。
 まさかこんなに沢山ここに来れるようになるだなんて少し前の私は考えもしなかったことだ。本当に園子ちゃんには感謝しなくては。

 今日も私は安室さんのお顔を拝見しにポアロに来ていた。運が良いとたまに園子ちゃんや蘭ちゃんに遭遇することもあるし、そんな二人についてコナン君が来ていることもある。
 どうやら今日は運が良い日だったようで、お店に入るなり三人でお茶をしているところに遭遇して、園子ちゃんに誘われるままに相席させてもらっている。ちなみに歩美ちゃんたちにはまだ会っていないけれど、彼女たちもたまに来るそうだ。そういえば旅行以来、コナン君以外の男の子たちには会っていない。そろそろ顔と名前を忘れてしまいそうである。

 現在園子ちゃんと蘭ちゃんは恋愛トークで盛り上がっている。私はそれに適度に相槌を打ちながらのんびりとコーヒーを楽しんだ。話は正直あまり聞いていない。けれどまあ二人にしか分からないこともあるだろうし、別に構わないだろう。
 最初は私にもそういうときめき胸きゅん恋愛話を振られていたのだけど、こちとら彼女たちが楽しめるような綺麗な恋愛なんぞしていなくて、すぐに話すことなどなくなってしまった。霊感なんてものを持っている私が特定の人間と仲良くし続けるのは相当難しいのだ。
 友達ですら3年以上の長い付き合いの子はいないくらいだ。みんなどこかのタイミングで必ず離れていくし、そもそも他人とそんなに深い関係になりたいと、どうしても思えない。
 人と関わることで私の秘密を知られるリスクは高くなる。当然だ、長い時間一緒にいればどうしたって取り繕うのが難しくもなるだろう。友達ですらそうなんだから、恋人なんてもっと難しいのは言わずもがなだ。

 それでもまあ、話そうと思えば何個か話せることはあるけれど、恋愛と言っていいのか分からないし、今時珍しいくらいに純愛を育む彼女らの耳には相応しくなさすぎて、適当に濁す結果に終わって、今はもっぱらこういった話題では聞き役だ。
 堂々と語れる人付き合いなんてしたことがなかったのだな、と改めて自覚させられて、やっぱり切なくなった。この子たちと一緒にいる以上もうこの切ない感じは諦めるしかないと悟っているけれど。
 きゃいきゃいと楽しそうに頬を染めながら話す女子高生二人を目の端に入れながら、コナン君へと視線を落とす。私の隣に座るコナン君は女の子たちの会話を気まずそうに聞いていた。私はそんな様子のコナン君に気まずいなら他のところへ遊びにでも行ってしまえばいいのにと思いながら、ねえねえと小声で話しかける。


「コナン君ってさ」
「なあに?」
「安室さんのこと嫌いなの?」
「ぶっ」


 私のその質問にコナン君は飲んでいたオレンジジュースを噴きかけた。気管にでも入ったのか、ごほごほとむせている。そんな彼の背中を優しくさすりながら、突然のことにこちらを気にする蘭ちゃんに大丈夫なことを伝えて、もう一度コナン君へと視線を落とした。コナン君は口元を引きつらせながら私を見上げている。どうやら図星のようだった。
 だけど、どうしてだろう。
 ない頭をひねって考えてみるけれど理由なんてひとつも浮かびやしない。そもそも安室さんに嫌いになるところなんて存在していないから、想像でも嫌うなんて難しいのだ。安室さんは私にとっては完璧な存在なのだから。
 コナン君にとってどうしても許容できない何かがあったのかな。まあ頭が良いと言っても所詮は子供だ。怒られたり、ちょっとしたことで人のことを嫌いになることもあるのかもしれない。それは仕方のないことだ。子供でなくても人を嫌いにはなるもの。私だってこの間まで好きだった人を些細なことで嫌うこともある。
 それは分かっている。分かっているのだけど。どこか焦っているコナン君を見ながら私は内心ため息を吐いた。


「ど、どうして?」
「うーん。なんか、警戒してるように見えて」
「そんなことないよ、僕安室の兄ちゃんだいすき!」
「ふうん」


 わざとらしいくらいに子供っぽさを強調するコナン君に、私の口からは少しそっけない相槌が出る。この子は頭の良い子だけれど、こういうところがまだまだ子供だなと思う。
 普段の様子よりもそうしていた方が年相応で可愛らしくはあるけれど、こういう場面でそういうことをすると嘘くさいと、教えてあげたほうがいいだろうか。しかしそれで直されても面倒くさいかと思いなおして、私は結局その件に関しては口を閉ざした。
 けれど安室さんに関してはもう少し言わせてもらう。余計なお世話は十分承知しているが、それでも言わないではいられないのだ。彼の様子はあまりにも分かりやすい。私が分かるくらいなのだから、きっと安室さんだって気が付いていることだろう。安室さんが周りをよく見ている聡い人であることは周知の事実だ。


「コナン君の気持ちだから、好きだろうが嫌いだろうがなんでもいいんだけどね」
「あはは…」
「安室さんのことあんまり困らせないでね」


 安室さんを困らせないでほしい。余計な心労をかけないでほしい。
 私は安室さんのことを何も知らないただの客だけれど、それでも他の人よりもずっと熱心に安室さんを見ているという自覚はある。安室さんは普段奥備にも出さないけれど、忙しいだろうことも、疲れているのだろうことも、私は知っているのだ。
 何故私がそんなことを知っているかって、長年培ってきた人を見る目、とでも言えれば格好いいのだろうけれど。隠すのが相当上手な安室さんのそれに私が気づけるのは、偏に安室さんを守る神様のお蔭だ。
 なんとなくではあるけれど、多分あれは心配してるんじゃないかと思う。どうしてそう思うのかは分からない。もしかしたらあの神様が私に気付かせているのかもしれない、なんてそれは考え過ぎだろうか。

 言いたいことを言ってじっと目を見ると、コナン君は何か言いたげに私を見上げた。まあその気持ちは分からないでもない。お前どこ目線だよって話でしょう。それは我ながら思う。思うけれど、だって、コナン君分かりやすいんだもん。警戒してますって物凄く相手に伝える態度してる。わざとなのかもしれないけれど、されて気分が良いものではない。


「嫌うにしても態度に出さない。これ人間関係を円滑にする為には必要だからね。覚えておくといいよ」
「う、うん。そうする」


 ははは、と渇いた笑いを零すコナン君に、私もにっこりと笑った。それから何気なく視線を上げるとカウンターの向こうから不思議そうにこちらを見ている安室さんと目が合ったので、再度笑みを浮かべる。恐らくコナン君に向けたものよりも余程輝いているだろうそれに、コナン君は口元を引きつらせた。


「名前さんは、安室さんのこと大好きだね…」
「そりゃ大好きだけど、これは好きとか嫌いとかって話じゃないんだな〜」
「…どういうこと?」
「神様とか仏様を好き嫌いでは見ないでしょう?」


 そういうことだよ、と言う私に、コナン君はさっぱり分からないと肩を竦めた。



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