「あーっ!」


 私がいつものようにごく普通に歩いていると、突然後ろから大声が聞こえてきた。一体何事だと驚いて振り替えると、こちらに向かってすごい形相で走ってくる女子高生と目が合う。その見覚えのある顔に、私は目を瞬かせた。
 彼女は確か、以前落し物を拾って届けた相手である。そのあと一緒にお茶をして、イケメン談義に花を咲かせた記憶はまだ新しい。あの時は確か今の芸能界のイケメンランキングを勝手につけて、最終的に素顔はどうあれ物腰と言動がイケメン過ぎる怪盗KIDが一位に輝いたんだっけ。その後しばらくKID様談で盛り上がったのだ。
 彼女からKID様に会ったことがあると聞いた時には年甲斐もなく大はしゃぎしてしまった。というかよくよく話を聞くとなんと彼女の家はお金持ちらしくて、ちょくちょく宝石を狙いにKID様がやってくるのだとか。振り返った今でも何を言っているのかよく分からない。まあそれはともかくとして、彼女とのお茶会は思いの外楽しかったのを覚えている。
 別れるときにはまたねとお互い笑顔で言っていたはずだ。終始和やかなムードだったように思う。生活圏もかすっているのだし、確率は低いとはいえ縁があればいつかまたどこかで会えるだろうと思っていたが、想像していたよりも随分とこう、インパクトのある再会である。あんな顔されるようなことをした覚えはないのだけど、一体なんだというのだろう。

 私がそんなことを考えているうちに彼女はあっという間に私との距離を詰めて、私の目の前まで来ると乱れた息のままにぱっと顔を上げた。そのまま怒鳴られでもするかと思いきや、既に先程の険しい顔ではない。むしろどうしてか嬉しそうに見えて、こちらの困惑が深まるばかりである。
 加えて、ここまで走ったせいか少し色付いている彼女の頬が健康的でやけに眩しく見えて少し尻込みする。女子高生の輝きに目を焼かれてしまいそうだ。
 数年前までそのカテゴリにいたはずなのに、二十歳を過ぎるとどうしてこうも制服が眩しく見えるのだろうか。一気に老けた気がしてなんだか切なくなってくる。
 思わず遠い目をした私に、しかしまだまだ現役である彼女は気付いていない様で、嬉しそうに口を開いた。


「名前さん!私のこと覚えてます!?」
「あ、うん。久しぶりだね、えっと」
「園子です!鈴木園子!」
「うん、園子ちゃん。覚えてるよ」


 一度会ったっきりだったせいでうっかり忘れかけていたその名前を慌てて口に出す。正直彼女が名前を言ってくれて助かった。子がついてたのは、なんとなく覚えていたのだけど。
 私は素直にごめんねと謝った。いくら年下とはいえ、これは流石に失礼だろう。相手は私の名前を憶えていてくれているのだから尚更だ。しかし彼女の中ではこの程度のことはあまり大した問題ではないのか、にこりと笑って流してくれる。
 ありがたい。ありがたいが、とてつもなく大人の対応を頂いてしまった身としては、情けない気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。もう忘れないようにしようと、彼女の名前をしっかりと心に刻んだ。
 そんな私をしり目に園子ちゃんはそれで、と話を続ける。


「この間うっかり連絡先聞き忘れちゃったじゃないですか。それからあの辺何度か歩いたんですけど、全然会えないから」
「あれ、探してくれてたの?ごめんね、あの辺り普段あんまり歩かないの。あの日はたまたま」
「そうだったんだ…いやでもまた会えたからいいんです!ほらこの間すごい話盛り上がったじゃないですか。楽しかったしまた名前さんと話したり遊びに行きたくて。あ〜んもう少し早く見つけられてたら一緒にミステリートレインに乗りましょうって誘えたのに!あ、でも、色々あったから結果的には誘わなくて良かったのかも…?」


 ミステリートレインと言えば、テレビで話題になっていたやつだ。一時期もうすぐ公開だか開始だかなんだと特集が組まれていたと思う。電車に乗りながら参加できるイベントがあるんだったか。
 如何せんあまり興味がなかったので、その特集もほかの番組も大して見ていない。だから詳しくは知らないが、でも確か、随分と注目度は高かった様に思うし、人気なんじゃなかったっけ。園子ちゃんあれに乗ったのか。すごいな。
 あれ、でも、そういえば事故だか何だかが起きたって報道をやっていた気がする。いつだったか、アナウンサーが臨時ニュースとして読み上げていた記憶がうっすらとあった。その後の対応もあまり良くなくて、どうして爆発したのか、原因や詳しいことが何も公表されていないものだから、そのイベントを開催していた企業や鉄道会社に不安の声やクレームが殺到したらしい。
 そういう不祥事が起きているし、「色々」と言った園子ちゃんが少し怒ったような顔をしたので、もしかしたらあんまり楽しくなかったのかもしれない。
 きっと苦労してもの凄い倍率の中から乗車権を勝ち取ったのだろうに、まさかそんな結果に終わるとは思いもしなかっただろう。些か彼女に同情する。正直なところ、それに誘われなくて良かったという気持ちでいっぱいだが。

 それにしてもよく喋る。園子ちゃんの出す話題は次から次へと移り変わり、今はさっき駅前ですれ違ったイケメンの話をしていた。
 この間も思ったけれど、園子ちゃんはきっとおしゃべりが好きなタイプなのだろう。こちらが一話すと十になって返ってくる感じだ。例えば私が何にも話さなくても、一人でずっと喋っていられるのではないだろうか。
 それだけ聞いてしまうと鬱陶しいと感じる人もいるかもしれないが、だがしかし、園子ちゃんは話の振り方も絶妙で、この話題と言葉の多さだというのに非常に話しやすいのだ。話術が巧いというか、コミュ力が相当に高いんだと思う。だから結果的に話が弾んで、脱線しまくる。
 その上物怖じしないタイプだ。じゃなきゃ初対面の人にむかってお茶しようだなんて言うはずもない。とにかく人とコミュニケーションをとるのが得意なのだと思う。人とうまく付き合っていくのが苦手分野の私からすれば、羨ましい限りだ。


「もう園子!おいていかないでよ!」


 淀みなく話す園子ちゃんのお蔭で(せいで、とも言うかもしれない)またも話題はくるくると変わり、最近結婚した若手俳優の話題になったところで、彼女の後ろから別の声が聞こえてきた。それに気が付いてしまったとでも言いたげな顔をした園子ちゃんの様子で、どうやら彼女が一人ではなかったらしいことを察する。もしかしなくても、こちらに走ってきたときに置き去りにしてきてしまったようだった。
 園子ちゃんは振り返って両手を合わせると、こちらへと近寄ってきていた長い髪の女の子に向かって可愛らしく小首を傾げた。めちゃくちゃあざといが、それも若さの為せる技というやつだ。彼女がやると嫌みの欠片も感じなかった。ただ私が当事者だったら怒ったかもしれない。
 しかし園子ちゃんのお友達はといえば、一応眉を顰めてはいるものの、どうやら本気では怒っていないらしい。次は気を付けてねと釘を刺すだけでその話を終わらせていた。なんというか心が広い。
 例えば私があのお友達の立場ならそのまま帰るし、逆もまた然りな気がする。勝手にどっかに行った子をわざわざ探そうなんて思わない。普段一緒にいる友人たちも、私がどっか行ったとしてわざわざ探したりはしないだろう。実際私は何度か主に幽霊関係で何も言わずに離れているが、追いかけられたことなんてない。
 友達なんてそういうものだと思っていた。それは普通ではないのだろうか。私はそういう付き合いしかしてこなかったから、この子たちのそれを見て少し、驚いた。そういうのって、フィクションの中の友情だと思ってたのに。
 いやまあでも友達付き合いなんて人によって違うだろうし、この子たちはべったりだけど私はあっさりなだけだし、別にそんな、そんな…ああ、なんだかとっても切ない気がするのは何故だろう。
 私は彼女らの微笑ましい友情劇場を、しょっぱい気持ちになりながら黙って見つめた。帰ってもいいだろうか。
 しかし頭の片隅でそう考え始めると、まるでそれを察知したかのように園子ちゃんがぱっとこちらを向く。それに驚いて肩が少し揺れてしまった。びっくりした。この子はなにか、そういうセンサーでもついているのだろうか。


「紹介しますね名前さん!私の友人の毛利蘭です。蘭、こちらは苗字名前さん。ほら、この間話したキーケースの」
「あ…遅くなってすみません。はじめまして、毛利蘭です」
「どうもはじめまして、苗字です」


 ぺこりと頭を下げた彼女に倣って私も頭を下げる。別に構わないのだけど、私を紹介する必要は果たしてあったのだろうかと頭の片隅で考えて、はっとする。これだから私はコミュニケーション能力が高くないわけである。畜生。
 なんだろう、なんか、この子たちと一緒にいると傷付く。やっぱりこの辺でそろそろお暇した方がいいかもしれない。しかしやはり私がそれを口にする前に、園子ちゃんが先制する。本当にこの子一体どうなってんだ。全て園子ちゃんのペースに巻き込まれている気がする。


「ね、名前さん。連絡先交換しましょうよ!ついでにおしゃべりしていきませんか?この近くにお勧めの喫茶店があるんですよ〜!」
「え?いや、でも、二人の邪魔しちゃうのも悪いし…」
「ポアロっていうお店なんですけど、」
「行きます」


 気付いたらそう答えてたから仕方ない。これは仕方ない。だってポアロだ。これはほんと仕方ないわ。そりゃ何があっても行くわ。
 私の返事に園子ちゃんはやったと無邪気に喜んだ。私も一緒に喜ぶ。何故なら合法的に、自然な流れでポアロに行けるのだ。運が良ければ安室さんに会えるかもしれない。それはとてつもなく幸福なことだ。
 一人じゃ勇気も口実もなくて行けなかったけど、園子ちゃんに誘われたんだから行っても別に可笑しくないもんね。やった。すごい。素晴らしい。なんていい子なんだ園子ちゃん。
 行きましょう!と元気に歩き出した園子ちゃんに続いて、行こう行こうと元気に返す。一緒にいると切ない気持ちが押し寄せてくるとか傷付くとか、そんなことはくそほどどうでもいい。今の私にとって一番重要なのはとにかく安室さんである。楽しみだなあ。安室さんのシフト入っていますように!



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