次にコナン君に会ったらあの人の名前を聞いてみよう。そう決意してから早一週間ほど経った。前にも後ろにもコナン君の影はない。
 元々コナン君に頻繁に出くわしていたわけではないし、約束をしているわけでもないのだから、次にいつ会えるかなんて運任せになってしまうのは仕方がないのだけど。しかしこうもぱったりと会えなくなると、まさか避けられているのではと思ってしまう。避けられる要素などないと思いたいところだが、如何せん心当たりはいくらでもあるわけで、否定しきれないのが悲しいところだ。
 それにしても、会いたくない時には会ってしまうのに、会いたい時に会えないのは何故なのだろう。まったく人生とは本当に、ままならないものだ。
 ふうと軽くため息をついて、肩を落とす。今日こそはと思ったのだけど、どうやら今日も駄目らしい。最初の数日は明日こそと意気込んでいたけれど、こう会えないとへこみもする。一体コナン君はいつもどこで何をしているのだろう。
 明日は会えるだろうか。なんて、切ない気持ちでまるで恋する乙女のようなことを考えながら道を歩いていると、不意に後ろから元気のいい声が響いた。


「あー!名前お姉さんだー!」


 聞き覚えのあるその元気いっぱいな声に反射的に振り返ると、二人の少女が真っ直ぐこちらに向かってきているのが目に入った。私がそちらを見て驚いた顔をしたことを確認すると、声を上げた方の少女は両手を広げて私の元へと飛び込もうと駆けよってくる。結構なスピードだ。
 そのまま体当たりされてはたまらないと慌てて屈んで受け入れ態勢を整えると、彼女はきゃらきゃらと楽しげに笑い声を上げながら私の腕の中へとすっぽり収まった。以前も思ったけれど、随分と人懐っこい子だ。


「歩美ちゃん。と…哀ちゃん、だったね」
「ええ」
「名前お姉さん、久しぶりだね!」


 クールな哀ちゃんとは対照的に、歩美ちゃんは満面の笑顔で私を見上げる。なんでここにいるの、すごいすごいとはしゃぐ歩美ちゃんの元気そうな様子に、私の顔にも自然と笑顔が浮かんだ。子供のエネルギーって凄い。さっきまでの切なさ溢れる気持ちはあっという間に吹き飛ばされてしまった。
 腕の中でぴょんぴょんと跳ねる歩美ちゃんを落ち着かせるように頭を撫でて、この近くに住んでいるのだと伝えると、じゃあいつでも会えるんだね!と言いながらぎゅっと抱き着いてくる。喜びを全身で伝えるその様子は可愛らしいの一言に尽きた。
 そこになんの裏表もないと分かるから、子供は好きだ。お姉さんお姉さんと歩美ちゃんが無邪気に慕ってくれるのは嬉しい。だから余計、この子たちに何も言わずにさっさと宿から逃げ帰った時のことを申し訳なく思うのだけど、この分だと多分、そんなことは覚えてなさそうだ。子供って単純。そういうところも大好き。
 でも後であの時買えなかった分のお菓子はちゃんと買ってあげようと決意しながら、歩美ちゃんの背中をぽんぽんと叩いた。歩美ちゃんはそれに含まれた意味をきちんと理解して、素直に身体を離してくれる。単純だけど、やはり頭の良い子だ。
 以前事件に巻き込まれた時の彼らの様子や、コナン君と話すようになってからよく思う。最近の小学生ってみんなこんなに頭が良いのだろうか。私が小学生の時なんてもっとこう、ちゃらんぽらんだった気がするのだけど。

 私は離れてくれた歩美ちゃんに軽くお礼を言いながら立ち上がると、二人にどこかに行くのかとなんの気なしに尋ねてみた。今の時間は恐らく、丁度放課後と呼ばれるそれだ。
 この位の年頃なら公園とか児童館かな、なんて考えていると、哀ちゃんの家に行くんだよ!との答えと共に当然の様に手を繋がれた。
 突然の事に少々呆気に取られた顔をしてしまったが、歩美ちゃんは自分の行動を疑問にも思わないようでにこにこしたままだ。手はぎゅっと握られている。その様子に甘え上手な子だなと思いつつも、一応哀ちゃんの方に視線を向けるが、彼女は無言で首を横に振った。だよね。
 人懐こい歩美ちゃんとは逆に、哀ちゃんは随分とクールな性格の様だし、そう親しくもない大人と手を繋ぐようなタイプには見えない。それ以前にこの子は人に甘えるの下手そうだ。実に正反対の二人である。

 そのまま私の手を引いて歩き始めた歩美ちゃんの後に、私も何も言わずに大人しく続く。別にもう家に帰るだけだったし構わないのだけど、もしかしてこれは、私も一緒に哀ちゃんの家まで行く感じなのだろうか。
 この後の流れが読めずに少し困惑するけれど、まあ、考えたところで恐らく大した理由はないだろう。まだ子供だし、頭が良いと言っても何でもかんでも考えているわけではないはずだ。きちんとこちらの都合を聞いてこない辺りにようやくこの子らの小学一年生らしさを実感して、少し安心した。
 しかし正直知り合い程度の仲の相手にほいほい家を教えてしまうのはどうかと思うのだけど、当の哀ちゃんも私達の後を黙ってついてくるから、このまま一緒に行っても問題ないのだろう。私は別に住所を悪用したりするつもりないし。だけど一応後でそれとなく注意してあげた方がいいかな。
 帰り際にでも言おう、なんて考えながら、温かい掌でしっかりと私の手を握る少女を見下ろす。このまま黙ってついて行くのもあれだしと、頭の中でこの子達が興味のありそうな話題を探して、ふんふんと鼻歌を歌ってご機嫌な歩美ちゃんを見ながらそういえば、と会った時から頭にあったことを切り出してみた。


「今日は男の子たちはいないんだね」
「うん、あのね、コナン君たちはサッカーしに行っちゃたの。でも歩美も哀ちゃんもそういう気分じゃなくて、だから今日はね、歩美が哀ちゃんひとりじめなんだ!」
「そっかそっか〜」


 さり気なくコナン君の居場所を探ってみると、歩美ちゃんが重要な手掛かりをくれた。なるほどサッカー。サッカーならば公園の方に行ったのかもしれない。道ですれ違わないのも納得だ。
 彼女らと別れたあとにでも公園に行けば、運が良かったら会えるかもしれない。ふふんコナン君、今日こそは逃がさないぞ、と私はこっそりほくそ笑んだ。
 そんな私の隣で歩美ちゃんは可愛らしく笑って言葉を続ける。


「あ、でも、名前お姉さんにならちょっとだけ哀ちゃん貸してあげる。ちょっとだけね!」
「本当?やった〜!」
「あら、私は物じゃないわよ」
「うん、知ってるよ?哀ちゃんは大事な友達だもん!」


 本当に、いつの間にこんなに懐いてくれたのか不思議な程、心を許してくれている歩美ちゃんの様子に内心首を傾げる。私がこの子に会ってからしたことといえば、事件に怯えたりテンパッたり具合を悪くしたり、話しかけてもらって安心したり…まさか、面倒を見るべき相手だとでも思われているのでは…いや流石にそれは、考えすぎ、考えすぎであってほしい。相手は小学一年生、私は成人済み大学生だぞ。
 一抹の不安が私の頭を過ぎるが、これ以上を考えるとなんだかとっても切なくなりそうなので止めておこう、と脳内からそれらを消し去る。コナン君といい、歩美ちゃんといい、なんかもう、あれである。
 しかしやはり大事な友達である哀ちゃんには勝てないようで、哀ちゃんがツンとしたもの言いをした途端、歩美ちゃんは先程までしっかりと握っていた私の手をあっさり離して、哀ちゃんの手を握りに行った。哀ちゃん好きオーラが見えた気がする。
 驚いて目を瞬かせた哀ちゃんの顔を覗き込んで嬉しそうに笑う歩美ちゃんに、哀ちゃんは少しの間口を開いたり閉じたりしていたが、結局何も言わずに軽く肩を竦めるに終わったようだ。その表情は呆れてものも言えない、とでも言いたけだったけれど、しかし歩美ちゃんのことを見る目は一貫してとても優しい。そこに感じる二人の確かな友情に、見ているこちらがほっこりしてしまった。
 なんてこった幼女。微笑ましさの暴力だ。恐らくこの光景を世界中継すれば戦争がなくなるに違いない。ノーベル平和賞受賞待ったなしだ。心温まる光景である。先ほど気付いてしまったかもしれない真実と、ぽいとすげなく離された手が非常に切ない気がしたけれど、こんなに平和なのだから多分気のせいだろう。

 ほっこりしている私を他所に、彼女らは手を繋いでそのまま仲良く歩き始めた。それを見てこれ以上ついて行くかしばし迷うも、少し離れたところで振り返った歩美ちゃんにお姉さん早くと急かされて、私も二人と同じ方向に足を進める。ここまで来たのだし、家の前まで一緒に行ってしまおう。これだけ可愛いのだから、この子達だけで帰すのも些か不安だ。
 私の前を軽やかな足取りで歩く二人の少女の背中を眺めながら、私もゆっくりと歩く。タイプの違う二人の美少女だ。そりゃ誘拐だの事件だののターゲットとして狙われてしまうのも分かるというものだ。だって私がロリコンだったら間違いなく狙う。

 哀ちゃんのお家は、私たちが出くわしたところから歩いて10分もしないところにある様だった。のんびり他愛のない話をしながらその建物が見えるところまで一緒に行ったのだけど、しかし肝心の家に着く前に私はぴたりと足取りを止めてしまう。
 少ししてから私が立ち止まったことに気が付いた歩美ちゃんと哀ちゃんも、私から数メートルほど離れたところで足を止めて振り返る。不思議そうな顔でこちらを見る二つの目に、私は困った顔を隠すこともできないまま、口を開いた。


「………。あの大きいのが、哀ちゃんのお家?」
「…いえ、その隣だけど。どうかした?」
「いや……」


 もごもごと言い淀んだ私に哀ちゃんは微かに目を細めて、歩美ちゃんは首を傾げる。慌てて大したことじゃないよと取り繕うが、実際はどうしてなかなか、大したことだと思う。
 あの家。哀ちゃんの家の隣だという、あの大きな家。あそこから、もの凄く嫌な感じがした。
 おぞましいとでもいえばいいだろうか。ぞわりと全身に鳥肌が立つような、ぞくりと背筋が凍るような。今すぐにでもここを離れたい。あそこに近付いては駄目だと、私の脳が警告を出している。
 あれは、危険だ。


「……ごめんね。お姉さん、この後用事あるんだ。二人は楽しんでね」
「えー!もっと名前お姉さんとお話ししたかったな…」
「ご近所さんだもん、また会えるよ。その時いっぱい話そうね」


 早口にそう言って、またねと手を振り私は小走りで来た道を戻る。後ろから歩美ちゃんの驚いた声が聞こえてきたが、それでも足を止めようとは思えなかった。
 また、と言った手前悪いけれど、この近くにはもう来たくない。あの家には金輪際近寄らないようにしようと思った。
 あれは、私ではどうにもできない。逃げ切れるかも分からない程の、恐ろしい何か。あれに関わってはいけない。
 未だに鳥肌が治まらない腕をさすりながら、ちらりと後ろを振り返る。人の気配のない、物言わぬそれが、私の目にはひどく不気味に映った。



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