スノウ・クリスタル


義人くんの誕生日は、あいにくの雪。
この日のためにと二人合わせてお休みを取っていたけれど、このぶんでは約束していた遠出は叶いそうにない。

「……なまえちゃん、どうする?」
「確かに、この天気じゃ遠出は無理そうだよね、残念だけど」

散々悩んで、結果、私たちは、雪で人も疎らな街へと繰り出すことにした。

灰色の空からは、大きなぼたん雪がはらはらと舞い落ちる。
交通機関がマヒした街は予想通り、いつもより人通りも少ない。
私達はそれに乗じて、いつもなら人前では絶対に繋げないその手を、しっかり指まで絡めてゆっくりと歩いた。

「遠出出来なくなったのは残念だったけど…素敵なお店、見つけたね!」

義人くんのマンションに程近い路地裏。
小さなイタリアンレストランで冷えた身体をホットワインと美味しい料理で暖めて。
用意していたプレゼントを渡して、しばしおしゃべりの花が咲く。
ここのところお互いに忙しかったから、こんなゆったりとした、穏やかで平凡な時間はとても贅沢で。
遅れて運ばれてきたお祝いのドルチェと一緒に、幸せを噛みしめる。
コーヒーの湯気の向こうに見える義人くんの微笑みも、心なしかいつもより穏やかで。


ほんわかと温かい気持ちで外に出れば、相変わらずの雪。

お互いの体温を確かめ合うように、再び指を絡めて。
ゆったりとした足取りで街を歩けば、今日の天気とは正反対の、春を先取りした色とりどりのショーウインドウ。
時々に気になったお店を覗きながら、幸せな散策は続く。


「あ…なまえちゃん、髪…」
「え?」

見上げれば、義人くんの大きな手が私の髪に触れてドキッとする。

「雪…ついてる」
「ありがとう。あ…義人くんも!」

彼のコートのフードについていた雪を落とそうと手を伸ばして、ふと気づく。

「あ…、雪の結晶!」

ふわふわのフェイクファーの上で白く輝く雪の花びらを目を凝らして見てみれば。

「綺麗…」

私が感嘆の声をあげれば、義人くんも自分のフードを引っ張って覗きこむ。

「本当だね」

義人くんもフードを覗きこんだせいで、自然と近づいた顔。

と、義人くんは道路側に傘を傾けて顔を隠し、そっと触れるだけのキスをした。

「……こんなところで」
「うん。でも、今、キスしたかったから」
「……もう!ズルいよ、義人くん」

そんな風に言われてしまえば、抗議なんて出来ないの知ってるくせに。

秘密のキスの余韻に浸っていると、義人くんはポケットから小さな紙袋を取り出した。

「これ…なまえちゃんに」
「……?」
「さっき入った雑貨屋さんで見つけたんだ。今日のお礼と、記念にと思って」
「…開けてみてもいい?」

道端で開けるなんて、お行儀が悪いとは思ったけれど。
私は逸る気持ちで袋を開けた。

「わあ…!綺麗…!」

出てきたのは小さなスノードーム。
透明のドームの中、小さな家に小さな雪だるま。
そこに降り注ぐ銀色の雪。

「セール品で申し訳ないけど…。今日の記念になるものが欲しかったから」

申し訳なさそうに話す彼に笑顔を返す。

「ううん、すっごく嬉しい。大切にするね」

灰色の空からは、まだ止みそうにない雪がひらひらと舞い落ちる。

私達は再び手を繋ぐと、真っ白な雪の上、二人で新しい足跡をつけながら、家路についた。





Fin.



2016.02.19


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