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ノック音が室内に響く。
ぼんやりとワイングラスを見つめていた時、意識は現実へと引き戻された。
「おーい中二病患者ー、ここ開けろー」
「……」
開けた方が良いのか悪いのか判断出来ず扉を眺めて、萬ヶ谷は考え込んだ。
扉を開けたとして、「舞踏会とかキモいんで」などと言われたらと思ったら、なかなか動けなかったが向こうも最終手段と考え、とんでもない事を叫んだ。
「開けないと…ち●こ切るぞコラ!」
瞬時に扉を解放した。
アレを切られてしまう想像だけでも痛みを錯覚し、内股で立ち尽くすと柚音が噴き出した。
「わ、笑うな!」
「だって無様なんだもん」
人を小馬鹿にした笑みと容赦ない言葉。
彼女の笑顔はどんなものなんだろうか、萬ヶ谷は顔をこれでもかというくらい凝視していると、柚音は気まずそうに目を泳がせて力無く零した。
「……さっき、言い過ぎました。…すいません…でした…」
「うむ……」
ぽふん。
撫で心地なんて悪いだろうに、頭を撫でてくれる萬ヶ谷の優しい大きな手に何だか切ないような感傷的な気持ちになった。
「……舞踏会、出てあげましょうか…」
萬ヶ谷の息を飲み込む音が聞こえて、一層恥ずかしいような居たたまれなさに柚音は唇を噛んで、言葉を待った。
すると、柚音の体に黒いものがあてがわれた。
「…ふむ。やはり漆黒は真紅の髪がよく映える」
3段レースの柔らかいスカートにベアトップ風の、首から胸元まで薄い布が肌を露出させ過ぎない上品なものだった。
襟元のワインレッドのリボンは可愛らしく、大人っぽさもありながら少女らしさを残している。確かにセンスはとてもいい。
「…いいんですか?私には馬子にも衣装で、笑われますよ」
ドレスは問題ない。
だけど私は背も低いし髪だってザンギリ…鷹司先輩の言うように女の子らしい要素がこれっぽっちもありゃしない。
「貴様は悪魔だ」
「はっ?」
「冥界より生まれし魔王であるこの我を唆し、誑かした貴様はさながら誘惑の悪魔リリスだ!」
「…はぁ…?」
誰か通訳してくれ!
陰謀だとか謀反だとやら訳の分からない事を長ったらしく1人で演技口調で言っている。
…明日中馬先輩と鷹司先輩にでも聞いてみよう。
「部長ってある意味コミュ障ですね」
「…こみゅ、しょう??」
「小難しい言葉ばっか知ってるくせにこういうのは知らないんですか…」
そういえば男の娘というものさえレイニーフェスタで初めて知ったらしい。どんだけ無知なんだ。
と、どうでもいい事を考えていると背後の扉からのノック音で、意識が現実に戻った。
「おーい、もう学校閉めるから帰れってよ!」
そういえば普和がいたのをすっかり忘れてた。
「うわっ…暗っ」
萬ヶ谷の部屋を出て部室の窓の向こうを見ると、外は半月が輝いてネイビーブルーのグラデーションが綺麗な気もしたが、そうも言ってられない。帰らねば。
「お前まだいたのか」
「そっちこそ。こんな時間までメカ相手とか、寂しい〜」
「……ほんっとムカつくなお前!」
普和が柚音の横髪を引っ張ろうと手を出しかけたところで、普和の肩に萬ヶ谷の手が乗った。
「我はここの戸締まりと点検という使命がある」
「…あ、すんません」
いつものドヤ顔に笑顔な萬ヶ谷の顔は何の違和感もないが、どこか棘々しいものを感じた普和は、柚音から離れて工具箱をしまいに行った。
「それじゃあ私は帰ります」
モカブラウンのコートを羽織り事務的に言葉を吐き、外を一度見てから柚音は小さく頭を下げて帰った。
明日は家まで送ろうと萬ヶ谷は決めた。
ふと、視界の端にこちらを見る普和がいて、萬ヶ谷が困った顔で見つめ返すと、先程柚音が出ていった扉を見て、普和が口を開く。
「珍しいっスね……部屋にあいつ入れるの」
ふっ…、小馬鹿にしたようなものとは違う穏やかな笑みを萬ヶ谷は漏らした。
その耳と頬は以前グリムクラブメンバーの面々と恋バナをした時と、同じように赤かった。
前編終了
2013.12.23
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