「いってらっしゃい、お仕事頑張ってね!」

「……あぁ、行ってくる」

外にまで出て手を振り見送るカイル。
同棲し始めて早2週間ちょっと、いまだにむず痒く慣れない。
何度も何度もサイドミラーを見ても僕の姿が見えなくなるまで、ずっとカイルは家に入ろうとせず大きく手をぶんぶん振っているから、近所の住人も初めは訝しげな目だったが今ではカイルのようにとはいかないが、挨拶をしてくるようになった。
まぁ、それもあってか朝の対カイル専用目覚まし音も譲歩してもらえたから、損はないけれどやっぱり気恥ずかしい。

「……いってらっしゃい、…か」

どういう訳か、力が漲(みなぎ)ってくるような不思議な感覚が全身に駆け巡っていく。

案外、見送られるのも悪くないなと、リオンは薄ら笑みを零した。





よし、と息を吐いてネクタイをしっかり締めオベロン製菓社長の顔に切り替えて、オフィスの自動ドアをくぐればこちらに気づいた若い女性同僚数名が、自分達の話そっちのけでやってきて内心うんざりする。

「おはようございます、社長!あの、今日から入社しました―」

若い女特有の媚びたような金切り声が不快に響いてリオンの瞳は細められ、女達の肩はびくりと浮き上がる。

「…仕事を軽んじる人間はいらん。女だからといって甘えるなよ」

それだけ言い捨ててリオンはもう何も用はないと、他の社員に去り際言葉をかけ社長室に姿を消した。

「…おはようマリアン、急にすまないが今日入社した新人を教育してくれないか」

やや早口にまくし立てるリオンに困ったような笑みで、秘書のマリアン・フュステルは書類を片付けていた手を止めた。

「……おはよう“エミリオ”。何か気に入らない事でもあったの?」

乱暴な足取りでソファにどっかり腰を沈める姿は社長の風格はない、怒って八つ当たりする子どもそのものでマリアンは場違いな笑みを零していた。

「大ありだね。昨今の若い奴らはどうも仕事を甘く見てる。今問題の3ヶ月退職されても迷惑だから、マリアン…頼むよ」

本当のところ即刻クビにしてやりたいが、ネットに書き込まれる可能性も否定出来ない今の面倒なご時世、理不尽な恨みを買って企業に傷をつけるのは賢明じゃない。
それならば様子見て話にならない場合は相応の理由で辞めさせればいいだけの事なのだ。

「……エミリオも変わったわね。前はすぐ辞めさせていたのに…」
「…また昔の話かい?もう忘れてくれ」

居たたまれない思いで苦く笑いながらリオンは、淹れてくれた紅茶を一口含んで社員の企画書に目を通した。





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