電車内は混雑を極め人の熱気に眠気さえも吹き飛ばされ、カイルは特にする事もなく隣の男の子のゲーム画面をこっそり盗み見て、暇をやり過ごした。
マンガでも持ってこれば良かったなと今さら考えて、小さな後悔。
『次は、池袋。池袋でございます。電車を降りる際は――』
事務的な女性の電車アナウンスが流れ荷物を持ち、降りる準備をする。周りはこぞってドアの前を死守し表情も厳しくカイルは何だか畏縮してしまう。
隣の男の子もPSPをスリープモードにし、手慣れた所作で吊革に掴まり着くまでの揺れが収まるのを待つ男の子に、慌てて転けそうになるのをどうにか堪えてカイルも吊革に掴まった。
プァー…、レールと車輪の擦れる音と空気を裂く轟音に耳を塞ぎたくなるのを吊革の手に力を込めて、カイルは完全に揺れが収まった時安堵の溜息を吐く。
だが、それで終わりではない。
降りるまでが戦いのようなもので、先程まで座っていた老若男女の数名が素早く外を目指す。
性格故か、カイルはお年寄りを優先し人波が薄らぐ頃を見計らって出ようとしたが、若い派手な身なりの女性に割り込まれ漸く抜け出せたのはドアが閉まりそうな寸前だった。
「……疲れた〜…」
長時間座りっぱなしの腰や背中を上に伸ばし携帯を開く。
新着メールに数件父親の名前が羅列され、カイルはやっと気持ちが落ち着いて返信した。
「……えー、っと…」
駅員のアナウンスや雑音が耳にうるさく響く地下鉄は電車と変わらず人で溢れかえり、うっかりボーっとしていたら飲み込まれてしまいそうで怖くなる。
それでも今朝“1人で行けるから大丈夫!”と父親と母親に言ってしまった以上、今さら怖いなんて弱音吐く訳にはいかないのだが1人っきりでこんな街に来た事の少ないカイルには不安で周りを見ても、忙しそうに速く歩くサラリーマンや携帯で話し込む女子高生…なんか怖い。
しかし、プラットホームの中心で突っ立ってても始まらないので、カイルは数歩歩いたところで顔に冷や汗が垂れる。
「……ど、どっち行けばいいんだっけ?」
――どうしよう!
右?左??忘れちゃった!!
思わず人目も気にせずきょろきょろおどおどと、忙しなく動く自分が恥ずかしくなる。
「…うわ〜!どうしよう…!」
「何が」
「―わぁっ!?」
真後ろからの声に驚き飛び退けば静かにケタケタ笑われて、カイルの顔は真っ赤に染まる。
「わ、笑わないでよ…リオンさん!」
「ふっ…間抜け面がうろうろしてて探す手間が省けて好都合だった」
見てたんだこの人!!
どこから見てたのと聞けば電車を降りた時からずっとだと、平然と答えられカイルの顔に一気に熱が集中する。
「それなら声かけてくれたっていいじゃんか…」
「1人で大丈夫と姉さんに豪語したんだろ?だからかけなかった」
「うっ…そうだけど…」
そうだけど、でも…と続ければリオンの手がカイルの手を強く包み込んだ。
「……まぁ、僕も甘いが…。さっさと地上に出るぞ」
…あ、耳赤い。
「…うん!」
そっと握り返せば、当たり前のように強く握り返されてカイルの鼓動は高鳴った。
・
「後ろに乗れ」
「えっ、何で?」
ドアを開けられ言われた一言に首を傾げると、リオンの眉間に僅かな皺が寄った。
「前は危ないからだ」
「リオンさん運転うまいんだしいいじゃん!」
「あっ…こら!」
元から隣に乗るつもりだったカイルは、リオンの阻止する手から身軽に避け乗り込んだ。
リオンとしては釈然としないが、言っても聞かない頑固耳に仕方ないと諦めて緩慢に乗り込みエンジンキーを挿した。
「……ここにお菓子があるから勝手に食べていいぞ」
「はーい!」
小気味良い返事に薄く微笑しリオンはハンドルを軽く握って、アクセルをゆっくり踏み出した。
前 | 戻る | 次