いくらどんなに伸ばしても、手に届かない

―現実から初めて逃げ出したくなった



「―マリアン」

その声はどんなに優しく綺麗に響くのだろう。
鼓膜がくすぐったくてふわふわしてくる…

「あら、お帰りなさい“エミリオ”…もう修行は終わったのね」
でも、その声は違う人―マリアンさん専用なんだ。
オレは遠くから何となく2人を見ては、違う事を考えなきゃって自分を守る。……傷つきたくないから。

「あぁ、少し疲れたよ…」
「疲れた時は甘いものが一番よ…あなたの好きなプリンを作ったの」
「本当かい?ありがとう…マリアン」

決して人になんか弱音を吐かないリオンさんが。
いつも無愛想のリオンさんが。
マリアンさんに甘えてる…。
そうだよね。マリアンさんとオレじゃ全然違いすぎるよ…分かってたじゃん。

……オレみたいな子どもなんかがリオンさんの隣にいちゃいけない。

服を強く握りしめ、流してしまいそうになる涙を必死に押し殺し、屋敷から逃げ出した。
それを呼び止める者はいなかった。
2人が微笑み合う穏やかな話し声を背に、カイルは静かに何かを決心した。

リオンさんが幸せなら、オレはそれでいいんだから……





あれからもう屋敷には顔を出さず、修行も「新しいパートナーが見つかったから」と父親のスタンを通して伝え、ユグドラシルバトルを切っ掛けに得た友人達と剣を交わした。もちろん、パートナーなんていない。

多分今年のユグドラシルバトルは父さんとリオンさんが組むに決まってるし、別に必死になって修行しなくても問題ないしリオンさんだって、マリアンさんといれるんだからいい事だもん。

「……カイル…元気ないな。何かあったのか?」

友人のルークは心配そうに顔を覗きこもうとしたのを、カイルがとめた。
泣いてしまうから。
優しくされたら、壊れてしまいそうだから…

「ごめん!今日はもう帰るね!」
「、おい!カイル?!」

ルークの呼ぶ声もカイルには辛かった。


逃げたい どこか遠くに
逃げてしまいたい

それなのにリオンさんから離れたくなくて

結局は逃げるなんて出来なかった

お願い マリアンさん
オレからリオンさんをとらないで……

涙なんか枯れちゃえ
こんな汚い感情も消えてなくなればいいのに


なのに消したくないってホントわがままだよね…オレって……






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