お題316
書類をファイルごとに一通り棚に仕舞い込むと髪を掻き上げ深く息を吐く。これで今日の仕事分は片付け終えた。相変わらずの仕事量だけれど月の給料があれだけの金額なら文句も言えないものね。帰宅前に珈琲でも頂こうかしら。数時間前に紅茶を渡してから無言で画面へ向かって居る彼も一息付けたい頃だろう。初めの頃はふざけた奴だと内心馬鹿にして居たけれど、やはり名前が通るだけ有るものだ。少しは高評価してるのよ。絶対口にはしないけれど
そう思考しつつ棚から洋風茶碗を2つ取り出し珈琲メーカーに手を掛け一つ思い出した。彼は気分で砂糖を入れたい、ブラックが良いだの後々口にするから事前に聞いて来こうと思い、彼の居る部屋へ戻ろうと足を運ぼうとした途端ガシャリと音が響いた。その音が数時間前私が渡した紅茶を入れたカップが割れたのだろうと思い早足に向かったが、部屋に彼の姿が無い。何故
何処に行ったのだろうかと思考したが直ぐに彼が座り込んで居るのに気付いた。足元には割れた破片が散らばっているのを見て、飲み終わったようなら直ぐに片付ければ良かったと今更後悔。別に勿体無いと思う事は無く買い直せば良いと思っているが凶器と言えるそれを片す前に頭を押さえる彼へ声を掛けた
「どうかしたの?」
「ッ…大した事じゃない。少し頭痛がしてね」
「いきなりどうしたのよ。体調が優れないなら先に言って頂戴」
「珍しいなぁ。波江さんが心配してくれるなんて。別に体調不良じゃなかったさ。大嫌いな奴を思い出して頭痛なんて笑える話だよ。どれだけ俺を苦しめるんだろうね。うざったい死ねば良いのに死ね」
「貴方が嫌う人間なんて一人しか居ないわね。平和島静雄、だったかしら」
「止めろ波江。名前聞いただけで頭が痛い。…苦しくなって来た」
「どれだけ嫌ってるのよ。苦しいって呼吸が?」
「っ、肺かな。心臓かもしれない。いや、違う。骨の奥辺りが凄く苦しい」
「大丈夫なのそれ」
「最近やたら多くてさ。今もシズちゃんの名前を見たらこれだよ。頭痛がして苦しくなって、あいつの顔が離れなくて。苛々する死ね」
「…………あぁ、そう。そうなのね。貴方そうだったの。ふーん」
「は?何を云っているのか良く分からないんだけれど」
「何でもないわ」
立ち上がり一言発して、彼と破片をそのままに部屋から出て行こうと足を運び、振り返らずに片手で後ろ手に扉を閉める。今頃意味が分からないと云うように座り込んでいるだろう相手に向かって呟いた
「私の恋も歪んでいるけれど、貴方も随分と歪んでいるのね」
あぁそうだ
珈琲の事を聞くのを忘れた