「波江と俺は似ているよね」



思わず手が止まった。唯でさえ誰かのせいで遅れ積み上げられている書類を片付けないといけないのに関わらず手を止めてしまったのは、相手の言葉を聞いた時の不快感の為。仕事を片付け終わるのはいつになるのやら。まぁ、私が困る訳じゃないけれど。

「屁理屈ばかりで人から嫌われていて人の心理に土足で入って散々足跡をつけて面白く無かったと火を放ってその場から立ち去るような貴方と私が似ている?脳に硫酸でも注いだのかしら。なんだったら別の脳と変えてあげましょうか。首は嫌だから無いけれど、脳だけならなんとかなるわよ」

「いつにも無くおしゃべりだね。何か嬉しい事でもあったのかな。人は嬉しいといつになく語ろうとするらしいよ」

「じゃあ貴方は年中頭の中花畑なのね。良かったわね。貴方が無いと否定してきた天国は貴方の頭の中にあったわよ。もしかしたらもう死んでいるんじゃないのかしら」

「面白い事を言うね。そういう話は大好きだよ。だからそんな波江も大好きだ。彼女にしたい所だよ。あっははははははははははは」

「思ってもいない事を簡単に何回も言わない事ね。それに知ってるのよ私。こないだも池袋で女の子にそう言っていたでしょう。随分口説き回っているのね」

「やだなぁ。人間としては好きだけれど個人的には趣味じゃ無かっただけ。安心しなよ。波江の事は人間の一人としてじゃなくて、波江として見ているからさ」

「…それは、どういう事かしら」

「有能だって事。仕事もこなしてくれるし家事もできるしさ。俺の思い通りに動いてくれる。あとほら、顔も良いと思うよ。弟君はもったいない事するねー」

「お世辞なんていらないわよ。あなたの分かりやすい嘘に容易く舞い上がる女だと思わないでちょうだい。吐き気がする」



そう私の言葉を聞くと彼は呆れた様な顔をして、話ながらも手も止める事の無かったパソコンを閉じた。ぐるん、と椅子を回転させてそれから降りると、掛けてあったコートに手を通し始めるのを見る限り出かけるのだろう。また私に押し付ける気かこいつ。それもいつもの事ですっかり慣れてしまったのが現状だけれど。徹夜すれば終わる量か…。

「少し出かけてくる。波江も今やっているのを終わらせたらもう今日は休んで良い。帰ってきたら全部終わらせるからさ」

「…はぁ?何、急にそんな事。良いわよ私がやるから。別にこれぐらい」

「いいから」

そうとだけ言ってさっさと出て行ってしまった。溜息を吐いてから立ち上がり、先程まで居た彼の席へと腰を下ろす。もう冷たくなったそれに舌打ちをしたのは何故だろう。
あぁ、そう言えば彼が何故私と「似てる」と言い出したのか聞きそびれてしまった。別に戯言には間違いないけれど。

パソコンを開く、電源の落ちた画面は私を映すだけ。なんだか無償に画面に握った手を畳み込みたかったが、止めた。後悔するのは目に見えたから。墨のようなその一点を見つめる。見つめるなんてものじゃないか。唯そこに視線を置いていた。


もしも…


……どうやら彼のせいで私も馬鹿な事を考えてしまう奴になったようだ。馬鹿は感染するのでしょうね。パソコンの電源ボタンを爪で押さえつけた。先程まで私を映していたそれは、私が入り込む事もできないぐらいの光を放つものだから思わず眩しくて目を細めた。


「貴方はもうあの人から視線を置き換える事は無いでしょうね。精々幸せにでもなれば良いわ。私と貴方は違うのだから」

全然、似ていない。さて、彼が帰って来る前に全部終わらせてしまおう。気持ち悪いぐらいの社交辞令を私にくれたお礼とでも言おうかしらね。





(もしも、誠二を愛さなくて彼を愛していたとしても、どちらにせよ私は恵まれないのだから)











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