頭に届く程痛む左頬を構成する付属器官の表皮を手をあてがって圧力を押し付けたまま階段を音を立て上がる。戻って来て何も言わず部屋に向かった俺に疑問を浮かべたのか下の階から母さんの声が響いたが、聞こえ無いと蔑ろにして勢いのままベッドに体重を押し付けた。シーツが顔面を覆う所為で息苦しいが他人事のように感覚を起こした上で、冷え切ったその布へジワジワと体温が広がると同時に息を殺した際の肺の圧迫感に唯目を伏せる。重苦しい内心に早く寝てしまおうと意識を落としに入ろうとした。が、不審な程静まり返った部屋だった為だろうか。コツコツと固形物に骨を当てる音がやたら耳に付いた。


「……んだよ、煩いな」


暫く無視を決め込んだが我意を抑えるのも我慢ならず、顔をずらし振動へと目を向けると随分と久しく思う長い緑の髪が目に入る。先程からの耳触りな衝突音はコイツが窓ガラスに指を当てていたらしい。だろうな。窓にはインターホンなんて設置されて無いし、あれはノックのつもりなのだろう。相手が乗って居る伝説のポケモンに硝子を叩き割られるよりはマシだと、ずり落ちるようにベッドから床へ足を付け腕を伸ばして鍵を開けてやった。



「珍しい。何時もなら無視をした上で真っ先に帰れと君は言うのに関わらず此処を空けてくれるなんて、明日は洪水が降るかもしれ無い。どうしよう困った」


挨拶も無くそう良い走る相手に、安心しろ今日もだ今直ぐ帰れと再び閉めようと思うが、少し躊躇う。先程からの不快感を少しは紛らわせる事ぐらい出来るかもしれないし。結果、さっさと入れと吐き捨て適当な場所に腰を下ろす。正面に座る相手に面接かよと思考すれば、何を感じたか知らないが「随分と機嫌が悪いね」と言われ思わず眉を寄る羽目になった。


「何も言わずに入れてやった俺の優しさを見たろ。寧ろ機嫌が良いと思う筈だろ其処は」

「嘘ばっかり付いて。捻くれ者の君の為に一つ僕が当ててあげようか。ベルって子と何か有ったよね」

「あ?お前なんでー……あぁ」


そう言えば戻し忘れていた。姿が見えないと思ったが、部屋の隅に居たらしい。最近手に入れたばかりのソイツは初対面で有る人間に対して簡単に俺の事を話したようだ。まぁ、相手以外にコイツ等の声が聞こえる奴なんて居ないだろうが。


「どこまで聞いた」

「今のままだよ。ベルって子と何か有って機嫌が悪いって事だけ。話している事や、その場での状況は理解出来なかったみたいだね」

「ふーん、そう」

「……」


途端の気まずさに自分の顔が歪むのが分かる。部屋に入れてやったのも態々そんな話をする為では無い。畜生。自爆したと未だにガン見してくる奴に溜息を吐くと諦めた事が伝わったのか嬉しそうに口元を緩められた。その事に罵倒したくなる。どうせ相談されたい、とか馬鹿な事思ってんだろ。残念ながら相談なんかじゃ無ぇよ唯の愚痴吐き口にしてるだけだし。そんな個体を内心に抑え、左袖を肘まで捲り上げ見せた。


「何それ自傷?」

「ちっげぇーよ馬鹿か死ねキモ」

「冗談だよ。どうしたのその傷」

「…チッ、野生のポケモンに気付か無くってさぁ。突然の攻撃に対応できる程動体視力なんて持ってる訳無いだろ。俺は人間だっつーの。避け切れなくてこのザマ。泣ける」

「それはとても同情に値する物事だろうけれど、それがどうしてベルって子と関係が有るのか把握出来ないのは僕だけだろうか」

「さっきお前が言った冗談をアイツは本気で思い込んだんだよ」

「僕が言った事?あぁ」

「馬鹿じゃねーの本当。リスカとかの話じゃ無くて意味も無い勘違いで引っ叩かれた事が超腹立つ。天然とかドジだとか馬鹿だからとかで許さないね」

「だから左頬が赤いんだ」


やっぱり髪で隠し切れて無かったか。未だに発熱する其れに手を当てれば先程よりも腫れ上がっている気がする。結構な力で叩いてくれた物だと改めて思い、あいつも相当掌に痛みを感じているのかも知れない。後先考えないベルの事だ。有りえない話しでは無いだろう。


「はぁー…。大体こんな引っ掻き傷を断言する方がマジキティなんだよ。超気違い。いい加減引く。ドン引き」

「でも叩き返さなかったんだね」

「…それも聞いたのか」

「言っただろう。状況までは読み取れないよ、あの子は。でも君の事だ、張り手を食らされたのは自分を心配した結果だと知ってるんだよね。だから何も言わずその場を離れた。そうだよね」

「何勝手に良い話にしようとしてんの?違ぇよ」

「違わないさ。君は優しいから」

「意味不。何時も思うけれど頭やられてんじゃ無いのお前」


酷いなぁと相手がワザとらしく俯いた瞬間、インターホンが鳴りお互い黙った。下の階で母親が慌しく足音を立て扉を開けたのが分かる。毎度相手を確認せず出るのは止めて欲しい。いくら田舎だとはいえもう少し警戒心ぐらい持ったらどうだろうか。


「もしかして、今来たのベルって子じゃないかな」

「だろうな」

「謝りに来たんだろうね。行ってあげたら?」

「どうせ今頃母さんの雑談相手にされてるだろうよ。暫くは呼びに来ないし自分から行く意味も無い」

「相変わらずの君の神経には惚れ惚れするよ。……ねぇ、ブラック。もしも僕がしていたら、あの子みたいに怒ってくれる?」

「はぁ?怒る意味が無いし。大体個人の自由だろ。切りたいなら切れ、焼きたいなら焼け、折りたかったら折れ。それに対しての偏見だって普通だし。同情だって自由じゃねーの?悪いとか良いとかの話じゃなくて意見の当て合いがうざ……あー、こういう話超面倒。俺には関係ねーよ。何が正しいかなんて理解出来るか」

「うーん、やっぱり良く分からないな」

「別に分かんないなら良いだろ」


話終えたのか下から名前を呼ばれるのが聞こえ唸るように目を閉じる相手に帰るように促した。どうして自分の周りの奴はこうも面倒なんだ。それが自分の所為でも有るのかと思えば、おとなしく窓から乗り出す為足を掛けた奴が振り返る。まだ何か有るのか。


「僕も早くそんな話が出来るぐらい、君と仲良くなれたら良かったな」


「…は?」

「君とあの子がそうやって仲を深めて行くのが本当に羨ましい。僕だって、君と友達で居たかった。そんな話だって特別仲が良いから出来るんだと思…ごめんなんでも無い。じゃあね」






(そう言って視界から落ちた相手の為に次から窓の鍵を開けっ放しにしてやろうと思ったのは、俺の事を友達とすらも思って無かったNに苛立ったからだ)











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