「よ、嫁入り!?」
神妙な顔をした父に告げられた言葉は想像をはるかに超えるもので、聞き返した声は情けなくも裏返った。
「あぁ、言葉通り、嫁入り、だ。」
ああ、こんな廃れた下級貴族の三男坊と結婚してくれる人がいたのか。
父の言い方だと、相手方はおそらく男なのだろうが。
もちろん男と男では子は生せない。しかし貴族は第四夫人まで娶れるこの国では、第二、第三夫人として男を娶る場合も多々ある。
家を継げるわけでもなければ、何かに秀でているわけでもない。ましてや貴族とは名ばかりの廃れ具合。結婚して身を落ちつけられるのであれば、それが嫁入りだろうと文句など言えはしない。
「…わかりました。お相手は?」
「いや、それが…。なんというか、うん。私も、驚いているのだよ、とても。」
歯切れの悪い父の言い方に不安が募る。焦れて同じ質問を繰り返すと、父は目を逸らしながら「ヴァリエート家だ」と呟いた。
「な、んで?」
ヴァリエート家を言えば、数百年も続く由緒正しい家柄で、今なお栄えている国一番の上流貴族だ。驚きを通り過ぎて、疑念しかわかない。口の中が乾く。
ごくりとつばを飲み込む音が響いて、嫌な気分になった。
「さっぱり分からん。あちらからのどうしてもとのご指名だ」
困惑しきった父に、何も告げることはできなかった。ヴァリエート家にいる未婚のご子息からのご指名らしいが、もちろん面識もなければ心当たりもない。
転がり込んだ幸運は大きすぎるもので、とても素直に喜べるものではなかった。しかし、相手や自分の立場を考えれば、そこに断るなどという選択肢は存在しない。
18になってすぐの春、俺は顔もよく知らない男のもとへ嫁ぐことになった。