彼女は少し潔癖症

 
 毎週晩ご飯に呼ぶことになったのだが、今日はその晩ご飯日である。
 いつものようにパンを売る場所まで行くとリヴァイがスペースを取っていてくれた。手を振って遠くから呼びかけると、組んでいた手を解き振りはしないものの私に気付いたリヴァイが軽く手を上げる。
 リヴァイに大きなトレーへパンを並べてもらいながら、私は試食用のパンが入ったビンと、私の顔くらいの大きさの包装紙を取り出しそれを小さなかごに立てかけた。ビンと包装紙を小さなトレーの上に置いている途中だったが、ぱらぱらとお客さんが現れる。

「い、いらっしゃいませ!」
「お嬢ちゃんたち、先週も居た子よね?」
「あ、はい……」
「私ね、パンを買ったものなんだけど、とっても美味しかったからまた来ちゃった」
「あら奥さんも?うちもなのよ」
「毎日ここで売らないの?私絶対買いに来るのに」
「そうよねえ、私もそう思うわ!」

 若い奥さまからベテランの風格のおばさまがわいわい一気に集まると圧倒されるほどエネルギーに溢れているのだと感じた。なんとか口を挟んで、日ごとに売る場所を変えていることを伝えると、一人のおばちゃんが「じゃあ来週もまたここに居るのね。楽しみにしているわ」と言ってくれた。顧客ゲットである。
 おばちゃんの話はリヴァイにも向けられたが、「うちの子もこれくらいしっかりしてたら」「あらあ奥さんのところはお勤めをしっかりされてるじゃないの」「あらそうかしらおほほ」などと話はコロコロと変わっていく。女性ってこんなもんだよな、私も友達と話す時はどうでもいいことをぽんぽんと次々に喋っていたものだ。

 おばさまたちは話しながらもパンを選んでいたようで、それぞれ家族分くらいの数を注文してくれた。それを聞いていたリヴァイがきっちりと種類・数を間違えないようパンを包装紙に入れてゆき、それぞれに値段を告げる。「やっぱりしっかりしてるわあ」とおばちゃんの褒め言葉にどうもとだけ返すのだが、イケメンは何をしても許される。おばちゃんはハートを飛ばしながらまた来るわね!と言って去って行った。

「すごかったねえ」
「ああ……」

 まだ売り始めて10分も経っていないというのにリヴァイは私の肩にもたれかかるほどに疲れていた。極力動かないようにななめかけバッグを漁って袋を取り出し、それをリヴァイの膝に乗せる。ゆっくり姿勢を元に戻して袋の中を見たリヴァイの目が、心なしかキラキラしているように感じた。いや、無表情だし私の気のせいかな。

 リヴァイと一緒にご飯を食べようと思って、私もお弁当を持ってきた。リヴァイには卵と肉の入ったサンドイッチ、私のはお野菜たっぷりのサンドイッチだ。もう一度バッグを漁ってお手拭きを取り出してリヴァイに渡す。

 ここでいきなり話が変わるのだが、この世界における衛生管理はとても雑だ。トイレが水洗じゃないとか、水道は最近になって、トトロで出てきたような手押し井戸ポンプが普及してきたものの、やはり生活水準は低い。電気は当たり前にないのでろうそくをともして夜を過ごすのだが、夜はほんのりと薄暗くてとっても怖いのだ。夜中にトイレに起きた時なんてもう最悪としか!
 衛生面は私の最重要課題といっても良かった。にこやかに魚を売ってくれているあのお兄さんはもしかしたらトイレの後に手を洗わない人かもしれない。そうしたら素手で掴んでいるあれは大腸菌まみれなわけで、大腸菌群の中には加熱をしても死なないものもいるわけで。鳥肌ものだ。
 前世のと言っていいのか、大学時代を過ごした中、興味本位で調べたのだが嫌気的に糖を分解させると、エタノールと二酸化炭素が生成される。つまりは酒に近いものが出来るのだ。これを応用して果汁に砂糖を加えたもので酒を作り、塩を加え蒸留することである程度のエタノールを得ることが出来る。どの程度エタノールが含有されているかはさておき、心の安寧のためこれを作ることが出来た時一週間ぐらい私はテンションが高かった。
 そうして薬局などに売っている消毒用アルコールを作りだした私は、まな板や包丁、パンを売る時のトレーなどに撒いている。水:エタノール=3:7の割合で混ぜたもの。簡単な容器も作り、そのなかに少量入れている。持ち運びの為だ。

 私もお手拭きで手を拭ったあと、容器のふたをそっと開けて少量手に出した。馴染ませるように手に広げてさあ食べるぞと袋を開けようとしたところで隣のリヴァイに声を掛けられた。リヴァイは指の間まで丁寧に手を拭いていたらしい。まだ拭いていたのかとからかってやりたいところだが素直に上記の話をしてやった。

「それでね、水で洗うだけだったら余計にばい菌を元気にさせちゃうからせっけんは大事なんだよ」
「ああよく分かった。何ともおぞましい話だ」
「たとえばだけど、あそこのおじちゃん、お尻を触った手で果物を触ってるかもしれないよね」
「!それは……嫌だな……。ナマエ、俺にもいくらか分けてくれ」
「ええー。作るの結構大変なんだよー」
「ならば材料費は以降俺が全て持つ。作ってくれ」
「うんいいよ!」

 結構お金がかかっていたのでとても有難い申し出だ。出来たものは6割をリヴァイに、残りを私が、ということで落ち着いた。
 リヴァイの手に少量垂らして、こうやるんだよ、と私も見本で手を動かす。そうしてようやくお昼ご飯となるのだが、サンドイッチの中身を見てリヴァイはまた驚いた。肉が入っているが自分が食べていいのか、と。遠慮せず食べてと言うのだが、私のサンドイッチがお野菜と少しの肉しか入っていないのを見て、一切れ私に寄越してきた。それならばと私もお野菜サンドイッチをリヴァイに渡し、改めて二人して食べ始める。
 さくりと一口。うん、塩加減バッチリと思いながらもきゅもきゅと咀嚼する。ちらりとリヴァイを見てみるとお野菜サンドイッチを食べていた。

「ナマエが作ったんだよな」
「んぐ……、うんそうだよ。おいしい?」
「うまい」
「あ、ありがと……。今日も晩ご飯食べて行ってね」
「ああ」

 凶悪じゃない感じの笑みのまま褒められてしまうと、どうしていいか分からないじゃないか。サンドイッチに夢中になっていますよ、というアピールをしながら、顔を隠すように食べた。

 835年初夏のことである。

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