彼女の作り出す味とは
私がパンを売っている時、一緒にいてくれている人がいるとおばあちゃんの耳に入った。大きな袋へひとまとめにパンを詰め込んでいる時に
「その方と今日の晩ご飯でも一緒にどうかしら。もちろんお料理するのはナマエちゃんなのだけど、おばあちゃんもお話してみたいわ」
と、嬉しそうにおばあちゃんが言ったのだ。
ふむ、と思った。パンを売りきったあとの晩ご飯の買い物に、いつもついてくるリヴァイさんに一度、よかったら晩ご飯でもと誘った事がある。「急に悪いんじゃねえのか」と返してきたリヴァイさんに、どうせうちにはおばあちゃんと私しかいないからと言ってやると、少しばかり思案した後に「行かねえ」とだけ言ったのだ。
一度断られたら何度も誘いづらいが、お昼ご飯を用意するだけじゃお礼にならないと感じるくらいにリヴァイさんにはお世話になっている。主に迷惑な客の対応だったり、素早い会計だったり、あとはやっぱり一人では心細いため、一緒に居てくれるということ。これは大きな要素である。私はリュックを用意しながらおばあちゃんに「誘ってみる」と返した。
私じゃなくておばあちゃんが誘っている、これならば断りづらいのではないか!パンをつめたリュックをおぶさって行き先と帰宅時間――遅くてもこの時間に帰る、という時間だ――を告げ、意気揚々と出発した。
初夏の優しい風にそよがれながら通りを歩く。パンを売り始めてから一月が経つころ、店を出す場所は週替わりで決めることにした。ある程度決まった場所にいることで固定の客を得られるのではないかとリヴァイさんが提案してくれたのだ。確かに、と思ったので私はその案を受け入れた。
しかし彼はどうしてここまでしてくれるのか。
商売がうまくいくようにとの助言しかり、どこぞのお貴族様の護衛のように強い彼が、こんなちんちくりんな私をなぜ助けてくれるのか。それこそお貴族様に取り入ることも出来るんじゃないのかリヴァイさんなら。顔も良いし頭も悪くないし。お嬢様みたいな人に気に入られて逆玉の輿だって夢じゃないはずだ。身長については咳払いをしてごまかすしかない。いや、男の子だしこれから伸びるよきっと!話がずれたが、安心させておいて、毎回ちょっとずつ売上うばっちゃうぜー!とかだったら嫌だなあと思うのだ。疑うのだって疲れる。
まあ一緒に居てくれるようになってまだ3週間ほどなのだが、いつまでもモヤモヤするのは嫌なので、晩ご飯誘いついでにぶちまけてみることにした。
「は?」
「えっとですね、その……」
「もう一回言え」
「リヴァイさんだったらお仕事いっぱい見つけられるはずだし、パン売りのお手伝いなんてお昼ご飯しかお渡ししてないしメリットも無いのになんでですか」
「……本当にもう一回言いやがった」
「言えって言ったじゃないですか。理由教えてください。じゃなかったら一緒にいるの怖いです」
「正直者め……。理由か」
続けられる言葉をドキドキしながら待っていると、こぼれたのはパンに対する賛辞であり、私にとって羞恥プレイもいいところだった。リヴァイさんは私がパンを作っていると知らなかったのかもしくは、実はリヴァイさんは人のことを手放しで褒められる人だったということか。
「こんなパンには出会った事がない。他でこんな美味いパンを買おうと思ったらお前の売っている値段から軽く3倍はする。その日半日を費やすくらいお前が昼ご飯として渡してくれるパンに比べたら安いもんだ。買い溜めしたいところだがやはりその日の内に食すのが一番でな。試しに一日置いてみたがやはり買ったその日に食べるのとは訳が違う」
「うわああああもうやめてえええええ……」
「どうした」
「いえなんでも……」
「あとお前は簡単に人を信じすぎる。そこはどうにかならんのか。善人そうな顔をしていても頭の中では何を考えているか分からん。警戒して歩け」
「ううんそう言われましても……リヴァイさん今日はよく喋りますね……」
「馬鹿言え。俺はもともとよく喋る」
「そうですか……」
「それで分かったのか、理由とやらは」
「ええ、痛いほど」
どうやら行き帰りのことを指摘されたようだが、私がもとは現代日本で生活していたこともあり、常に犯罪に巻き込まれる可能性を頭に入れろと言われましてもなかなか難しい。ここ、ウォール・シーナで生活をするようになってからというもの、これといって事件に巻き込まれることなく成長してきたのでピンとこないのが現状だ。しかし巻き込まれてからでは遅い。リヴァイさんはあまりにぽわぽわしている私を心配して、自ら護衛を名乗り出てくれたということだ。なんて優しい人。
お前が売りに来なかったらパン食えねえからな、と言いやがったのでもしかしたら「パン>私の安全」かもしれない。むっすりして頬に空気をためていると頭をぽんぽん、と撫でてくれたので許してやることにした。
その日の晩ご飯ではお前がご飯を作っているのかと大層驚かれた。リヴァイさんは恐る恐るシチューを口に運ぶと、サンドイッチの時と同様の表情をしていた。気に入ったようだ。
また、おばあちゃんがリヴァイさんをいたく気に入り、孫が増えたみたいだわととても嬉しそうだった。一週間に一回は晩ご飯においでなさいな、そう言われたリヴァイさんは、「お前どうした」と言いたくなるほど丁寧に言葉を返していた。
この日を境にリヴァイさんに対して敬語を使うことがなくなり、リヴァイもまた、私のことを「お前」ではなく「ナマエ」と呼ぶようになる。
同じく835年の初夏のことである。
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