彼女は彼と出会う

 
 この時代この世界、予め包装を施してある商品は珍しい。ましてや私が売っているのはパンなので、いくつか買ってもらった時に個包装をしていると無駄なコストがかかる。紙の袋には何が入っているのか?そういった興味を持ってもらおうと個包装にしているのだが、袋作りもなかなか楽しかった。ある程度安定して売れるようになったら袋形式はやめて、トレーに並べて売るつもりだ。お客さんに袋を持ってきてもらうか裸のまま持って帰ってもらうかだ。

 少し時間はかかるものの、売りに出掛ける時は全てパンを売ることが出来ていた。
 どこかのお店で賃金を稼ごうと思ってもまず雇ってくれないので、9歳の子どもが働くのは難しい。薪拾いやおつかい程度は任せてくれるようだが、人通り・治安の事を考えると固定の場所、つまり私がいまどこにいるか明らかになるお仕事じゃなければおばあちゃんは納得してくれなかった。
 「どこそこで売ってくる」「○○屋さんの近くに売りに行く」など、おばあちゃんに告げた場所から極力離れないようお店を広げていた。作る量を増やしてみても売れ残ることはなく、パン売りは成功と言えるかもしれない。


 こうして順調にパンを売っているのだが、おばあちゃんのお手伝いがなければ続けられなかっただろう。あとは初期のお客さんである、一人の少年がそばに居てくれたこと、これも大きかったと思う。



 出会いではただのお客さんだった。個包装にしているそれに気が向いたのだろうか、少年がぴたりと足を止めたのだ。

「おい」
「ひゃい!」
「……中身はなんだ」
「あ、えと、パンと、あんまり甘くないクッキーが」
「……」
「……」
「もらおう」
「!あり、ありがとうございます!」

 トレーの中から一番きれいに包装してある袋を手に取り、お金を払うと少年はそのまますたすたと歩いて行ってしまった。目つきが鋭くて怖かった。


 それ以来、気に入ってくれたのか、私が売りに出た時彼は毎回買ってくれるようになった。

 私よりちょっとお兄さんの彼は、五度目の来店で包装の一番きれいなパンを買って「子どもだけで店出してると危ねぇ」と言った。仏頂面さげて私が帰るまで隣に座ってくれている。その時はお口にチャックをして、お兄さんも子どもじゃないか中学生くらいじゃないかとは言わなかった。暇つぶしに、という感じだと、気まぐれでいるのだろうと思っていた。
 その次のパン売りの日には、トレーに並べていると彼が現れた。どこにお店を出すとも言っていなかったのだが一番乗りだ。包装のきれいなパンを買い、私の隣に座ってからそれを昼ご飯にしていた。子ども同士並んでパン売り。私たちは道行く人に微笑ましいわねえという顔で見られていた。
 次のパン売りのときも、そのまた次のときも、その次の次のときも、場所を告げなくともお兄さんは現れたので、「本当に一緒にいてくれてるんだなあ」とようやく分かった。お仕事は何をされてるんですかとふと思いついたが、お口チャックをした。


 あまり期待はしていなかったがしかし、彼が隣にいてくれるということは大きな役割を果たした。昼間っから酔いどれて少しガラの悪いにいちゃんを一睨みで追い返したり、こんなもんこんくれえでいいだろ!と子どもだから舐め切って材料費にも満たない金額を払ったおっさんをフルボッコにしたり。彼はなんとも頼もしい中学生(推定年齢)であった。
 そういったことからお礼の意味も込めて、売り物とは別に彼専用のパンが用意されるのは時間の問題であったし、とくに心をこめて作るようにした。シンプルなパンだけじゃなくて総菜パンだったり菓子パンだったり。受けが良かったのはサンドイッチだったようで、無言でもぐもぐした後に衝撃を受けた顔をしていた。
 彼は必ず手を拭くなり洗うなりしてからパンを掴んでいたのでなんとなく、どのパンも掴みやすいように清潔な紙で包み、食べやすくしていた。こんな手間をかけるのはもちろん、彼が食べるものにのみ、だ。

 売り物の包装を止めてからも、彼――リヴァイのものだけは袋に入れることを忘れなかった。

 同じく835年のことである。

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