彼女の能力

 おばあちゃんに拾ってもらえなければ私は孤児だったろうし、食べていけずにすぐに死んだだろう。もしくはゴロツキによって、春を売るようなところに売られていたかもしれない。なにしろちょっと入り組んだところに入れば歓楽街が広がっていて、無法地帯となっているらしい。

 「あなたも身寄りがないのね。私もなの。老いぼれの話し相手をしてやると思って一緒に暮らしてくれないかしら」そう言ったおばあちゃんのおうちはなかなかに立派だった。基本的な教養はおばあちゃんが教えてくれたし、大きくなって苦労しないようにと家事もみっちり教えてくれた。

 "壁"と"巨人"のことはとくに、私の常識では一度話してもらったくらいでは理解が出来ず何度も「どうして?」「なんで?」と聞くことが多かった。三つの壁があって、私たちが住んでいるのは一番内側で、一番巨人から遠くて安全。巨人はヒトを食べるが食物連鎖とは少し違って、栄養の為にヒトを食べるのではない。などなど。ファンタジックすぎてピンと来なかった。



 おばあちゃんと暮らしていくうちに、現代日本で住んでいた時にはなかった不思議な能力があることが分かった。

 作った料理が美味しくなる。

 それだけである。
 切る、焼く、美味い。切る、煮る、美味い。とくに技巧を凝らすわけでもなくおばあちゃんに教わった通りに作るのだが、盛り付けをしているその瞬間、瞬きをしている間にキラキラ光るような美味しそうな料理に早変わり。不思議なことである。

 私はそれを活かしてパンを売ることにしたのだ。パンだったらこの世界に馴染みのあるものだし、二日に一回朝ごはん用のパンを作っているのでそれついでに多めに作り、昼ご飯時に売りに出掛け、晩ご飯の買い物をして帰宅するというサイクルで生活が出来るのではないかと思ったからだ。

 おばあちゃんに手伝ってもらいながら生地をこね、焼く。美味しいものが出来る。おばあちゃんも「ナマエちゃんは魔法の手を持っているのね」とふんわり笑うだけで、二人して特にこの現象に悩むことはしなかった。楽観的な考え方は他人であるが似ているなあと思う。

 拾ってもらってタダ飯ぐらいは嫌だったので、これは見つけた!と嬉しくなった。生活費の足しになるだろうしパンを売りに行く!と意気込んでおばあちゃんに話したところ、快く賛成してくれた。ただし大通りで売ること、これは約束事だった。

 初めて材料費にちょっと色をつけたくらいの値段なので、買いやすいはず。紙の袋を糊で貼って作り、その中に焼きたてのパンを一つと、甘さ控えめになることを強いられたクッキーを入れた(お砂糖が高すぎて驚いた)。動いて砕けてしまわないよう、クッキーは3枚重ねて細い糸で結んだものを入れている。幼女の手で糸を結ぶのはとても難しく、ちょうちょ結びにするのはおばあちゃんも手伝ってくれた。

 大きなリュックに包装したパンを丁寧に入れて、パンを並べるための大きなトレーは脇にかかえる。試食用に一口サイズに切ったパンを大きめのビンに詰め込み、ななめかけのかばんにそれを入れて、おばあちゃんに行ってきますの挨拶をする。鼻息荒く、私は大通りに踏み込んだ。露店の並ぶところまで人を避けながら歩くのは大変だったが、自分が手がけた物を売る、という興奮が抑えきれず、そうとうわくわくした顔つきだったと思う。



 綺麗なお姉さんがアクセサリーのようなものを売っている横に陣取り、トレーの上に袋を10個並べて、試食パンが入ったビンを抱えてちょこんと座る。そわそわしながらお客さんを待っていたのだが、そうすぐには買い物客は現れない。小腹が空いたのでしょんぼりしつつ試食パンを取り出して食べた。美味しい。
 もきゅもきゅとよく噛んで食べていると、お隣のお姉さんが興味深そうに声を掛けてくれた。

「お嬢さん、おいしい?」
「!は、はい!」
「誰が作ったパンなの?」
「あ、おばあちゃんと……」

 良い匂いがするものだからつい声をかけちゃった、と可愛らしく笑ってお姉さんはパンの入った袋を手に取ってくれた。「お嬢さんが可愛いから買っちゃう。完売目指して頑張ってね」お客さん第一号である。

 じわじわと嬉しさがこみ上げ、ありがとうございます!と大きな声でお礼を告げる。お代をちょうだいすると「そんなに安くていいの?」とびっくりされたが、儲けをあまり考えていなかったのでこんなものではないのかなあと私は思っていた。しかしお姉さんから相場を聞いて、すぐに価格を改めた。あまりにも安いものが世に出れば、争いを引き起こしかねない。日本で言う牛丼戦争みたいなものを引き起こさせないためだ。お姉さんにはお礼として、試食パンを数個と私用のおやつであるパウンドケーキの内一つを渡した。

 パンを食べていたく感動してくれたこのお姉さんが広告塔となり、パンはまたたく間に売れていった。 


 835年のことである。



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