「彼女」は知っている

 ようやく12歳になれた。入団には年齢制限があったため、開拓地において2年の月日を過ごし、12歳になったいま、ついに巨人をぶっ殺す術を学べる。世間の目や風潮を気にして志願した奴らもいるが、エレンは自分で訓練兵に志願した。全ては巨人を駆逐するために。



「シガンシナ区出身!アマメ・ヤマダです!巨人に食われそうになった時にあいつらを一匹残らず駆逐してやると心に決めました!」

 自分の掲げる信念と同じ。しかしシガンシナ区でこいつを見かけたことはない。はずれのほうに住んでいたのだろうか?不思議そうに女を見ていたエレンに、女がぱちりとウインクをした。歳は自分たちと同じくらいだろう。髪の色といい長さといい、少しミカサに似ているなと感じたのだが、どこがとは言えないがミカサとは全然違う、とエレンは思った。餌になるのが落ちだろうよ!と教官に否定されていたが、彼女はその言葉をにっこりと笑って受け入れた。



「あの芋女まだ走らされてるぞ」
「すごいなあ。五時間ぶっ通しかあ」

 エレンとアルミンは食事当番ではなかったため、食事が出来るまで話をしていようかと外に出てきたところであった。敬礼を間違え持ち上げられたコニー・スプリンガーと、王に身を捧げると言っていたマルコ・ボット、お前は家畜以下だと教官に否定されたミーナ・カロライナがそこにはいた。コニーの言葉に視線をそちらへ向けると、蒸かした芋をちょろまかしたサシャ・ブラウスがよれよれのフォームで走っているのが見えた。教官が水を置いていたが、サシャは気付かずに走り続けている。水を少しでも飲めば違うのにとアルミンは思ったが、水差しも見えないくらい疲労しているのだろうと結論付けた。
 マルコに出身区を聞かれたエレンは、アルミンの肩をたたきながら答える。シガンシナ区。超大型巨人によって壁を壊された最前線の街。

「シガンシナ区っていやあもう一人いたよな。巨人ぶっ殺すとか言ってた女」
「ああ、いたよね。巨人に食べられそうになったんでしょ?巨人の脅威を目の当たりにしての、あの台詞ってすごいよね」
「食われそうになったけど巨人殺したってことだろ。飯の時に詳しいこと聞いてみようぜ!」
「そうだね、はやめにご飯食べてから聞いてみようか」

 そうして夕食の時間を迎え、みなの会話の中心はエレン・イェーガーとアマメ・ヤマダであった。
 席に着き、ミカサを呼んでくると席を立ったアルミンの椅子に、アマメ・ヤマダが座ったのだ。「ねえねえ一緒にご飯食べていい?」でかすぎる目を丸々とさせ、下からエレンを見上げてくるアマメ・ヤマダは、なにか別の生き物のような気がした。近所の女の子が持っていた人形のような、魚のような……。


 エレンもアマメ・ヤマダもみなの問いににひとつひとつ答えていくのだが、飽きることなく質問が飛び出してくる。最初こそエレンは食事に手を付けずにアルミンとミカサを待っていたものの、腹が減ったし、視線の中心に居るということは心地良かった。高揚感からちょっとずつ食っていると、話はエレンからアマメ・ヤマダへと移った。
巨人に食べられそうになったという体験を声高らかに話している。視線はスープに注いだまま、エレンは食事をつづけていた。
 アマメ・ヤマダの話はこうだ。家族と口喧嘩をしてしまった、家で家事をしているとすごい音と地響きがした、窓から外を見てみると壁から巨人の顔が見えていた、壁が破られたのか大きい岩が飛んできた、家は飛んできた岩に潰された、家ごと自分も足を挟まれた、口喧嘩をした家族が戻って来て助けようとしてくれた、近くを通りかかった駐屯兵団に家族を助けてもらった、自分はやってきた巨人にたべられそうになったのだが。

 ボチャンッ

 スプーンを器の中に落としてしまった。そんなことも気に留めることが出来ずに、口をおさえて吐き気を我慢するのだが、アマメ・ヤマダの話を聞いているうちにエレンは思い出さざるを得ない。二年前のあの惨劇。ハンネスさんが無力な自分を助けてくれた。自分が見ているところで抵抗する母が食い殺された。上半身から半分に折られ、動かなくなった母をあいつは食べた。まず半分、そしてもう半分。飛び散った血液がどす黒く道に降り注いだ。母さん。ろくでもないことしか言えなかった。愛する母はあっけなく殺された。

 食事が残っているのは分かっていたがエレンは立ち上がった。人をかき分けて外の空気を吸いにいこうと前も見ずに走り出す。内地で暮らすと言って教官に頭突きされたジャン・キルシュタインと、途中で肩がぶつかった。力の入っていないエレンははじかれた衝撃で尻もちをつきそうになったが、ジャンが腕をとって支えた。
 大丈夫かと声をかけてくれ、更には水も差し出してくれる。しかし人ごみとこのざわめきが「あの日」を思い出させるため、エレンは「わるい」とだけ言ってカップを奪い外へ出た。エレンを追いかけて外へ出ていくアルミンとミカサ、そしてそれを見送るジャンがミカサを「綺麗な黒髪だ」と褒めることは忘れなかった。



「キョーミもって貰えたかなあー?」

 アマメ・ヤマダは顔にかかる黒髪を指に絡めて遊び、食堂から出て行ったエレンを見えなくなるまで見送った。

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