彼女は知らない

 847年、この年は第104期訓練兵団が編成された年である。訓練を受けていくうえで、徐々に訓練兵の中身や癖、また成績などが噂されるようになる。優秀なもの、不出来なもの、また問題児などの話はいくつもあがり――いってしまえば「うちの子優秀でしょう?」の自慢大会のようなものである――それは各兵団にも届く。
 いくらでも優秀な人材を募集している調査兵団などは噂程度であっても耳に入れ、とくに優秀なものに調査兵団入団の意思があるようなら、カリスマ性の高い兵士を視察に向かわせて話をさせたり、要職が赴いたり。人材確保には常に悩まされているので、使える手は使う。しかし本人の意思が大前提である。

 また、逆に兵団内で噂されるもののひとつには「調査兵団付きの料理人ナマエ・ミョウジと仲の良い者には、貴族でも手に入りにくいミョウジブランドの菓子をもらえる」というものがある。誰が流したか知らないが、リヴァイが牽制してくれるまで、ナマエはしょっちゅう顔も名前も知らない人たちに囲まれていた。他の人達とのシフトの兼ね合いで、ナマエが兵団でご飯を作るのは週に三日ほどであるが、それ以外は事務仕事で兵団内をうろついていたりする。ナマエもナマエで気紛れに女性兵士に渡したりするものだからこの噂が発生したのではないかと、リヴァイは思っている。今のところ無条件に菓子を貰える者は、仲の良いもの以外で言えば女性兵士、あるいは十代半ばの少年兵のみであることを、誰かそろそろ気付けと。




 そうして訓練兵団に届いた噂だが、ウォール・ローゼ南方面の隊にいいのがいる、というものだった。女ながらになかなかやる、とも。事務方の仕事の補佐の仕事を任されているナマエに、「ご存じないのですか?彼女こそ〜」うんたらかんたらと話をする憲兵団の兵士は、ナマエと話せたことで少し舞い上がっていたらしい。あわよくば「ありがとうございました」とナマエがにっこり自分に笑いかけてくれて、菓子をもらえたりしないだろうか、と彼は下心にもまみれていた。
 「女ながら」という言葉が耳についたナマエにとっては、彼にあまり良い印象は持てなかった。リヴァイの言葉を借りるとしたらこういう人が豚野郎なのかしらと思いながら適当に話を切り上げ、回収した書類をよっこらせと脇に抱え直す。淹れてきた茶をこぼさぬよう、リヴァイの部屋へと向かった。


「ということらしいですよ」
「へえ」
「エルヴィンさん行きますかねえ」
「アイツは忙しいだろ。とりあえずの視察くらいは分隊長の誰かが行くんじゃねえか」
「じゃあリヴァイも該当するね」
「俺は愛想がねえからな。どうせ当たりの良い奴が行くに決まってる」

 ナマエの運んできた書類はすでに日付毎に分けてあったので、リヴァイは期日の近いものから目を通しつつ茶をすする。机の端に小さい皿も置かれ、ちらと見てみるとパンの耳にうっすらと砂糖がまぶされている菓子であった。さっくりとしていて感触よく、甘すぎない。書類を追いかけていて疲れた頭には甘いものがとても美味く感じる。ただしリヴァイにとって、市販されているものに関してではなく、ナマエが作るものに限るような気がしている。

 そんな話をした後にソファで小休憩をしていると、ドアがノックされた。来客である。すぐさまナマエがソファから腰を上げてドアへと向かう。リヴァイが返事をするとともにナマエが戸を開き、来客を迎え入れると、それはハンジだった。やあやあ!と明るく入って来たハンジにソファをすすめるナマエだったが、リヴァイとしてはやかましくするならさっさと帰れという思いしかない。うっとうしそうにハンジを眺めていたが、なにやら書類があるとのことで、しゅばっと目の前に突きだされた。

「最近の訓練兵の噂って君たち聞いてる?噂の子がウォール・ローゼ南方面の隊にいるらしくてさ、ここまですごいらしいよーみたいな噂が届くってことはさ、ある程度は伝わる過程を経て誇張されているとは思うんだけど、それにしてもすごい勢いの噂でしょ。エルヴィンがちょっと見てきてくんない?ってことで私とリヴァイに話が来たよ。そんでリヴァイが……やっぱりね!予想通り!嫌な顔するようだったらナマエも連れて行けってさ。ちょっとした休暇だと思って行こうぜ!やったねお休みだよ!」
「だりい」
「そう言わず!一緒に行こうぜ!ねーナマエも行くよねー」
「そうですね、一応お仕事でしたら」
「よっしゃナマエ確保」
「俺も行く」
「ぶっは!!単純すぎ!!あ、あさって出発だってさ」



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