彼女は番犬に気付かない


 備品が揃い、体裁が整ったかなといった状態であるが、現代日本のパン屋を思い出せばまだまだ内装はシンプルだ。もっとこう可愛らしいインテリアだったり、パッチワークで壁を飾ったりして……。今ふと思ったが、露店はオープンスペースなわけで、備品たちはもしかして盗難にあったりするんだろうか。お野菜店のおじさんは露店加盟店で自治体を結成しているとは言っていたけれど、夜間まで見回りはしていないだろうし……。なによりオープンスペースということは清潔感に欠ける。

 そう考えた私は、店番をリヴァイにお願いして家具屋さんに赴き、荷台を買った。トレー、ケース、お店の旗など、これらを自宅へ持ち帰るためだ。少しばかり重いが、そこはまあ何とかなるだろう。私も成長とともに筋肉がついていって、これくらいの重さなんてものともしくなるはずだ。意気込んで初日に荷台に備品を詰め込んでいると、うむ、と頷いていたリヴァイが軽々運んでくれた。私の自宅までそれをひいていくと、リヴァイは「また明日」といって雑踏へ消えていってしまった。晩ご飯食べていけばいいのに。

 椅子やミニ机まで持ち帰っていると大変なので露店内に置きっぱなしにした。これに関しては盗られてしまうのではないかと、翌日ソワソワしながら店に向かったのだが、無くなってしまうことなく無事であった。昨日と同じくリヴァイが早めに来ていたようで、販売がしやすいようにと机を移動してくれていて、椅子も昨日と同じ位置に置いてくれていた。

「ありがとうリヴァイ」
「何がだ」
「開店準備してくれて」
「ああ……別に」
「これ朝ごはんね」
「おう」

 椅子に座り腕を組んでいたリヴァイの手がスッと動いて朝ごはんの入った紙袋を掴んだ。そんなにお腹すいていたのか。えっちらおっちら引いて来たトレーなどを準備しながら、もそもそ黙って食を進めるリヴァイに少し笑った。椅子と机に関しては柱にくくりつけて鍵でもかけるかなあ。とりあえず今日も盗まれないことを祈ろう。


 そろそろパン屋さんにも名前を付けなければなあと思いながら、金勘定とお客さんの対応をリヴァイにまかせ、私はミニ机の上で袋を作っていた。うちの客単価はばらばらだ。まとめて買って行かれる方もいれば、お小遣いを貯めて来てくれたのだろう子どもが一つだけ買って行くこともある。そのため袋の大きさも多様なので、せっせか袋を作っていてもあの大きさの袋が足りない、この大きさの袋が足りないといった状況で、私かリヴァイのどちらかが常に袋を作っている。
 パンを入れるための袋には、端っこに私が適当に動物を描いている。一応お店のマスコット的な感じを目指して猫や犬、熊や猿、ウサギなどなどを描くのだが、今のところ描きやすいのは猫とウサギ、そして熊である。一度人間を描いてみようと思って、リヴァイを描いたのだが、これは……という出来になってしまったため、その袋は家に持って帰った。刺しゅうをする時はイメージで縫っていくので特に気にしたことがなかったが、きちんとした形があるものを描くのは苦手なのだとようやく気付いた。リヴァイをデフォルメした絵があればそれを模写すればなんとか……。いや、やめておこう。

 日替わりで絵を決めても良いなあと思うも、最近は袋の量が量なので、描くのもなかなか大変であった。そうだ、うち特有のハンコにすればリヴァイにもぽんぽんしてもらえる!そう思ってまずはお隣の小物屋さんにスタンプ台の開発を相談した。この時代の技術からして乾きにくいものは期待は出来ないかなと思ったので、とりあえずはインクを流し込むだけのものでいい。液が漏れださないような構造の物をどこで作れるだろうかと。
 目の細かいスポンジが納まって、スポンジの上には布を張って、乾燥を防ぐためにフタ付の台、これは片手に乗るくらいの大きさで、とさまざまな注文を話したにも関わらず、なんと小物屋のお姉さんが制作を快く引き受けてくれた。お礼はナマエちゃんの新作のパンで良いからねと、そんな太っ腹なことを仰って下さった。女神か。
 スタンプ台が出来あがるまでは少し時間を貰うわねとの事だったので、どうぞどうぞお願いしますと言いながら商品を詰め込んだ袋を差し出し深々とお辞儀をした。スッと袋を差し出してきたリヴァイのタイミングはぴったりだった。


 袋もわりと数を作れたし、大小様々な袋をどこに仕舞っておくかと露店内を見回すのだが、良い場所はない。今は通りに面した机の上に、小さいものから順に重ねて置いているので、下から大きいサイズのものを取ろうとすると結構大変なのだ。またもリヴァイに店番を頼んで、パンのケースと同サイズで引き出しタイプの入れ物を作ってもらうため、私は家具屋さんに走った。家具屋のおじさんは似たようなものを作ったことがあるとの事だったので、代金はいらねえその代わりになんかパンをくれとねだられた。小物屋のお姉さんといいこのおじさんといい、儲ける気はあるのか。でもありがたい申し出なのでそれを受け、また来た時に持ってきますと約束した。すぐ取り掛かるから納期は明日の午後と、なんともジョバンニなおじさんである。
 スタンプの作り方についておじさんに相談すると、やわらけえ木を使ったらどうだと提案してくれた。それを受けてとりあえずは木彫りにすることを言うと、家具屋のおじさんが廃材をくださった。いくつかいただいたこの柔らかめの木材にいろいろな動物を下書きして彫ってみようと思う。

 こうしてこの日一日はリヴァイにお店を任せつつ、備品を追加していった。追加した備品も盗難防止のために持って帰る重さを考えると、思わずへへっと乾いた笑いが出る。まあ結局この日も荷台はリヴァイが引いてくれることになるのだが、リヴァイはそんな私を不思議そうに見た後、私の頭をわしゃわしゃ撫でくり回した。

 835年、露店を駆け巡った夏であった。

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -