彼女の決意

 
 泣いている間にもリヴァイが足を進めるので、背中にくっついたままの私はそれに合わせて右足、左足と出してついていった。
 人の少ない川縁に座らされ、何があった、と泣いた理由を問いただされるのだが泣いた理由なんて「子ども扱いされたから」ということだけだ。しかしそれに起因するのは私の前世。前の人生。転生と言えばいいのか異世界トリップと言えばいいのか分からないが、私には生活水準の高い現代日本での記憶が、確かにある。消毒用アルコールや、サンドイッチのレシピ、あとは日本特有の調味料だってそうだ。知識として知恵として行使した。ただの妄想ではない。私は確かにあの世界で生きていた。
 俯き手のひらを注視すると、小さくぷくぷくとした柔らかそうな手をしているのが分かる。パン作りや日々の家事で、昔ほど綺麗とはいいがたいが、それは私がこの世界で頑張ったと言う証のようで嫌いじゃない。この世界で暮らすようになって5年になる。パン売りはRPGでクエストをこなし、お金を稼いでいるような気分で、リアリティに欠けていたのだ。あまりにもスムーズすぎた。売れ残らない日なんてなかった。嫌だなと思うことも少なかった。

 月日が経過してから気付くなんて私は馬鹿だ。

 ぎゅっと手を握りしめ額に押し当てる。また涙が溢れてくるが、声を出さないように歯を食いしばっていると横に座るリヴァイが背をさすってくれた。あの仏頂面のままで人を慰めることが出来るのかと思うと少し笑いがこぼれた。

「落ち着いたか」
「ん……ちょっと」
「じゃあ話せ」
「……や」

 全部話してもいいのだろうか。彼からしたら、私が話す内容は途方もなくありえない話で何言ってんだお前。そういった本でも読んだかと言われてしまいそうなこと。でも今現在、彼が手にして私にふんわりと風を送っているそれだって、この世界じゃ見たことないものだもの。
 私が作った。私の記憶を掘り起こして"頑張って"思い出した。テレビで放送していた、あれはこんな感じだったはず、割いて、穴を開けた竹に通して、紙を貼り付けて。でんぷん糊は無いので、小麦粉からグルテンをつくり、それを利用した。
 大きいもの、小さいもの、サイズ様々に作りだしたそれとはうちわのことである。そろそろ夏が来ると言うのに、ここは日本みたいにむしむししない。これからもうだるような暑さにはならないようで安心しているが、汗が出にくいとはいえ不感蒸泄は温度の上昇に伴い増えていることだろう。熱中症対策にと、果汁に水、そして塩を混ぜた飲み物は見事、リヴァイのお眼鏡に適ったのだ。スポーツドリンクもどきは、パン売りの時に飲んでいたのをお客さんに尋ねられ、作り方を伝授してからというものお客さん以外の人からも声をかけられるようになった。専門のお店も出ていると聞き、買いに言った事もある。私が買ったものを少し奪ったリヴァイは「ナマエのが美味ぇ」と嬉しいことを言ってくれたのだった。

 少し前だったら考えられないことだが、リヴァイは私の生活の中に入り込んでいる。パン売りの無い日に彼がどういう生活をしているのか、いろいろと危ない噂を聞いているので知らないわけではないが、会えない日はやっぱりさみしい。
 おばあちゃんと自分だけで出来ていた私の世界は少し広がった。おばあちゃんと私とリヴァイ。あとパン売り。これからどんどん増やしていけばいいのだ。ここが現実であると意識は出来た。些か薄れてしまった肉親や級友の記憶が悲しくないわけではない。でも今まで何に対しても線引きをして対応をしてきた結果が、リアリティの欠如したこの思考である。受け入れろ、私は今つるぺたの子どもで、大人の庇護が必要な子ども。


 うちわでそよそよ風を送ってくれるリヴァイには、子ども扱いをされて悔しかった、口を挟む隙もなかった、などと説明した。あながち間違いではない。実際悔しかったもの。

「……そうか」

 次は俺も行こう、ナマエが泣いたらかなわんからな。

 835年の夏も間近、彼にはいつか話そうと思った。



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