彼女はようやく"現状"を受け入れた

 
 パンを売るようになってから、売る場所は日ごとに変えていた。週で固定にしているとは言っても、必ずしも先週と同じ場所に開けるわけではなかった。そんな時は場所を変え、少し離れたところで売っているのだが、次の週にいらっしゃったお客さんには「先週はいなかったのね」と言われてしまうことが多い。家から遠い場所で売る時は、帰る頃にはへとへとで、そろそろ夏も来るし涼しいところで売りたいなあと思っていた。
 この世界での夏がどんなものかは分からないが、日本の夏を思い出すとどうしても夏に向けての対策を考えねばと思ってしまうのだ。エアコンはない、扇風機も無い。昔の時代はそこまで温暖化が進んでいないとは言っても夏は暑いはずだ。ドイツっぽいこの地域のこと、湿気はないだろうが、日本の蒸し暑さとはまた違って夏は焼けるように熱いはず。初夏の日差しがそこまで厳しくは無いと言ってもじりじりと焼けているはずだ。……日焼け止め欲しい。

 そこで私が目を付けたのは商店街のようになっている場所である。あの布張りの屋根がついている露店は机もあるし、雨がしのげるし、なにより北向きの場所を選べば日に当たらない!晩ご飯の買い物でよく使うあの通りには、まだまだ空いている場所はいっぱいあった。

 今日のパン売りの時にリヴァイに提案してみると、彼からは賛同をいただいた。決まった場所が出来れば売りやすい、買える時のことを考えて家から近いところにしろよ、と。

 週替わりで場所を変えていたのは、売り始めた最初のころは場所を上手くとることが出来ずにいたためだった。リヴァイが一緒に居てくれること・また自分で言うのもなんだがこの地域で割と名前が売れて来たこともあって、この一月と少しの間はほぼ、売るスペースの確保が出来ていた。「毎日売らないの?ナマエちゃんのパンをね、主人が楽しみにしてるのよ」「そうよねえ。一週間の内三日だけじゃない?いつでも欲しい時に食べたいわ」などの意見をたびたびいただくので露店に踏み切ろうと思ったのだ。日焼けの懸念だけではない断じて。

 本日の営業も無事終了し、リヴァイを伴って北向きの露店に向かった。
 道中晩ご飯の買い物は忘れない。昨日使った葉物野菜と卵はまだ残っていたし、トマトと玉ねぎを使ったハヤシライスもどきを作ろう。アスパラと半熟卵、薄い切れ端のようなベーコン、葉物でシーザーサラダでも作って、試食用に切ったパンが残っているからこれをもう半分に切って焼き、サラダにちらせばいい。マヨネーズがまだあったはずだ、あれでシーザーサラダ用の白いドレッシングを作るとしよう。ドレッシングをかき混ぜるのはリヴァイに任せればいいし、うん。決定。

 この露店を管理している方はお野菜を売っているおじさんで、私のお客さんの中にその方の奥さんがいらっしゃる。奥さんはご主人に話を通しておくから、と言ってくださったのでさっそく契約に行こうと思う。露店に到着して、リヴァイにここはどうかと尋ねた。

「ああ、いいだろ。ナマエの家からも近い」
「……リヴァイのおうちからは?」
「……そこそこだ」
「他のとこにしようか」
「いや、他のところも道中見ていたがここが一番綺麗で清潔だ。俺はここがいい」

 首をふってそう言い、机の上に置いてある札を取るとリヴァイと一緒にそれを読んだ。

・契約するにはある程度の実績が必要
・月ごとに契約金を支払い、契約は自動更新
・契約金は前月の5%、初月度は支払う必要はない。
・契約の際はこの札を野菜店の主人まで持ってこい

 砕けた書き方だったがそういった内容だった。ちょうどアスパラガスを買いに行く用事もあるので札を持ってお野菜店まで行こう。
 はぐれたら困るから、とリヴァイの手が差し出されるのだが私の手はお手製の買い物袋と札で埋まってしまっている。首を横に振るとリヴァイの眉間にしわがより、買い物袋をふんだくられた。トレーも持ってもらっているというのに!買い物袋を取り返そうとするが伸ばした右手はリヴァイにぎゅっと握られてしまって、まあいいか、途中で牛乳も買うし持ってもらおうと結論付け、二人でお野菜店まで向かった。



 お野菜店でまずは新鮮なアスパラガスを選び、玉ねぎと芋が安いよー!と言うので追加で買うことにした。今日玉ねぎ使うしね。会計を済ませ、ななめかけのかばんから札を取り出しておじさんに話しかける。

「おお?お嬢さんが契約すんのかい?」
「はい、お願いします。売るものは……」
「あー、ごめんねえ。お嬢さんいまいくつ?大人の人は?お母さんかお父さんが契約するっていうなら分かるんだけど……あ、もしかして代わりに契約にきたのかな?それなら後でお父さんかお母さんが来て下さいって伝えてもらえるかな」
「あ……はい……」
「じゃあ札は戻しとくから、またお父さんお母さんと来てくれな」

 年齢制限に関して札には書かれていなかったし、奥さんだってお話してくれているはずなのに、おじさんは話も聞いてくれずに最初っから否定した。一気にここまで言われてしまって私は圧倒されてしまった。二の句がつげられずに怒られた子供のようにしゅんとしていたことだろう。

 私は分かりましたとだけ言って、お野菜店から離れたところで牛乳を買ってくれていたリヴァイの背中に突撃した。なにすんだ危ねえだろ、と言われたが、腰にしっかと手を回して顔が見えないようにリヴァイの背中に顔をくっつけた。

「何があった。誰にやられた。叩かれでもしたか」

 そう言うリヴァイの言葉を、首を横に振って否定する。

 ちょっとへこんだだけだ。すぐいつもの私に戻るから、少しだけ。

 頭ではそう思うが、感情はついていかない。涙がぼろぼろと出てきて、押し付けたリヴァイの服にしみこんでいくのが分かるが泣いている顔を見られたくない一心で隙間なく抱きつく。ぽんぽんと頭を叩いてくるから余計に、涙はなかなか止まらなかった。
 毎日の生活が楽しかったし、パン売りも順調だったし、子どもだからと極端にマイナス面を露呈されたことがなかったから忘れていた。私はいま、子どもなんだ。親の庇護があって当たり前の。そのことがとても悔しかった。

 835年、夏目前のことである。



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