小説 | ナノ


  ににん


 白と赤の山の上へ、黄色い丸がぽんと乗っています。これをみたおばちゃんは「あらまあ」と笑ってくれましたが、小平太さんはどう思っているのでしょうか。お料理も出来ない女の子だとか、おっちょこちょいだとか思われていたら……。私は急いでゆずをもちあげ、深めの小皿を引きよせて皮をむいていきました。白い綿状の部分まで削らないよう慎重に、しかし時間をかけぬようするすると包丁を動かします。りんごのようにはいきませんが、薄くむけてはおりますので、なかなか上出来だと自分でも思います。
 皮をむいている最中、小平太さんに挨拶をしていないことに気付きまして、頭を抱えたくなりました。その小平太さんはといえば、食堂に飛び込んできてすぐおばちゃんのもとへと行き、約束の時間に遅れたことについて頭を下げておりました。

「小平太くん遅かったのねえ。いまね、なまえちゃんが頑張ってくれてるから一緒にやってくれるかしら」
「遅くなってすみませんでした!」
「来てくれたからいいのよ。でもなまえちゃんにも言ってあげてね」
「はい!」

 手を念入りに洗ってから私のすぐそばまでいらっしゃいました。こ、小平太さんをこんなに間近に……!自然と鼓動は高鳴り、耳は赤くなり、目がうるみます。全身で「好きです。意識しています」と言っているようなものですので、今すぐにでも顔をおおって走り去りたく思います。
 小平太さんの目を見ることが出来ず、私は包丁と二個目のゆずとを手に持ったまま大きな声でご挨拶を致しました。目線は小平太さんのお顔からから少しはずしまして、胸辺りを見るのが限界でございます。

「こ、こんにちは!」
「お、おう!こんにちは!」

 私の突然の大声にびっくりしたのか小平太さんはちょっと言葉に詰まりながら返事を返してくださいました。お話をしてしまいました!という興奮もありましたが、おなごが大きな声を出してはしたないと思われたかも、という不安とで埋め尽くされそうになります。次はもう少し声を抑えよう、とちょっぴり反省しながら包丁をぎゅっと握り直しました。

「遅れてしまってすまなかった」
「い、いえ!」
「大変だっただろう?」
「簡単なものばっかりでしたので……」
「本当にすまなかった!さて、私は何をすればいい?」
「えっと、今はなますを作っておりますので調味料を混ぜて頂いてもよろしいですか」
「まかせろ!」

 酢と砂糖、小さな鍋を取りに小平太さんが調理台を離れられました。緊張をほぐすために深呼吸を何回か、してはみますがあまり効果は無いようです。私の心臓はドキドキと速いまま脈打っております。
 戻って来た小平太さんは調味料を前に、じーっとこちらに視線をくださっているようでした。小平太さんの大きなまんまるお目めに見つめられると、本当に視線が刺さりそうです。皮をむきながらちらりと小平太さんの方を見てみますと、まんまるなおめめはやはりこっちを見ておりました。ぱちりと目が合いますと、太陽みたいに明るく、にっこりとした笑顔で笑まれたのです。私もへらりとした笑みを返しましたがその顔は多分真っ赤であったと思われます。

「ごめんな。どれくらいの量使えばいいかわかんなくて」
「あ、えっと、お酢はこちらの湯のみを使って、お砂糖はこちらのさじをお使いください」
「ん、ありがと!」
「この湯のみだと……一杯ほどで、お砂糖はおさじ五杯ほどだと思います」
「分かった!」
「あとはこのゆずの果汁も入れますので、まずはゆず搾りからお願いします」

 さくりと、ゆずを切りますと芳醇な柑橘の香りがふわりと広がりました。目線を下げながらゆずをお渡しすると、小平太さんはおそるおそるゆずを手に取っておられました。小平太さんが、力いっぱい搾ればいいのか、と仰いましたので、搾り切ってくださるようお願いいたしました。
 隣に立つ小平太さんを意識しないよう、私はゆずの皮をむき終わりました。搾りやすいように半分に切って小平太さんの近くに置いてゆきます。転がっていかないよう、と思いまして全部のゆずの切り口が下になるように置き直しました。そうしていると一つ目のゆずを搾り終え、次のゆずを手にしようとしていた小平太さんの手とぶつかってしまいましたので、私は急いで謝りながら手を離しました。

「す、すみません!」
「私こそすまん!手元をよく見ていなかった」

 はじかれたようにお互いが手を引いたのが俯いた視界でも分かりました。足元しか見えていませんが小平太さんは首を横に振っているのか、髪の毛がぱしぱしと服に当たる音が聞こえます。ゆずの香りに混じって、小平太さんから嗅ぎ慣れたお花の匂いがいたしました。

 はらりはらりと、床に紫色の小さなものが落ちて行きます。私が今朝摘んで、夕方に狼さんの耳元に飾ったあのお花でしたので、それはお花である、とすぐに分かりました。
 なぜここに?

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